森田剛を「野ネズミ」と例えたのは、故・蜷川幸雄だ。「ひねくれて隅っこにいるような印象」だったそうだが、言い得て妙。実際私が、森田がはじめて蜷川の舞台に出演した『血は立ったまま眠っている』(10年)の稽古場取材をした時、彼はほかの出演者からひとり、少し離れた場所をキープしていた。後に、いつでもそういうわけではなく、状況によって場所も違うことがわかるのだが、いつだって、どことなく、アウトローのニオイを身にまとっていることには変わりない。

『ハロー張りネズミ』

さて。ネズミつながりなのか(違うと思うが)、現在、森田剛はTBSの金曜ドラマ『ハロー張りネズミ』(毎週金曜22:00~)で、ハリネズミの相棒を演じている。「ドブネズミみたいに~♪」とブルーハーツをカラオケで歌う、「ハリネズミ」こと七瀬五郎(瑛太)の相棒・グレさんこと木暮久作役だ。

ハリネズミとグレさんは、特殊な案件を請け負う、アウトローな探偵。通常、見向きもされない、社会の片隅で起こった事件に関わり、ネズミのように、身を低く、地べたを這いずるようにして捜査していく。(張りネズミは、寝ずに張り込むという意味らしい)。

失禁という衝撃シーン

『ハロー張りネズミ』の面白さのひとつは、描かれる事件が幅広く、悪霊退治みたいな特殊過ぎる件にまで及んでいることだ。ひっきょう、出演者も変わったことをやることになる。なぜか突然の悪霊退治編だった4話のグレさんは、かなりこわがりという設定のため、よりにもよって、こわい話を聞いて失禁してしまうという衝撃なシーンが用意されていた。目の錯覚かと画面に見入ってしまった。そのことは5話にも引っ張られ、七瀬からからかわれる。

1話で、泣き上戸でもあるグレさんが、依頼者の話に号泣するエピソードもあったが、泣くのはままあること。でも、失禁は、そうそうない。脚本・演出の大根仁は、その昔、森田剛に『マシーン日記』(03年)や『激情』(04年)という深夜ドラマで、地方都市でくすぶりまくったヤンキー青年役を演じさせて、ジャニーズアイドルグループ。V6に所属する森田に、こんなダーティーな役をやらせていいの? と視聴者を心配させた、チャレンジャーだ。結果的に、それは、いい芝居をしたという評価に昇華し、前述の『血は立ったまま~』にもつながっていく。

そして、今回も、森田剛はまたしても汚れちまった。ちなみに、森田は、映画『人間失格』(10年 荒戸源次郎監督)で、「汚れっちまった悲しみに」の詩でお馴染みの中原中也も演じたことがある。

パンツ(ズボンのことです、念のため)を汚す役を引き受けた本人も、マネージャーも、達観しているなあと感心するし、それでも、まったくマイナスにならないところが、さすがとしかいいようがない。

キレイは汚い、汚いはキレイ

例えば、彼がサイコキラーを演じ、話題になった映画『ヒメアノ~ル』(16年)。高校時代にいじめられていた森田正一(森田剛)は成人してから、異常殺人を繰り返す。森田剛は、同情の余地を観客に与えない徹底ぶりで、酷い行いを堂々と演じきった。中でも、彼の体当たりに唸ったのは、とある女性を襲った際に、女性特有のアイテムを手にするところだ。女性を襲う役というだけでもリスキーなのに、そこまでディテールに凝ってどうするつもりなのか、この映画は、と泡を食った。もしや幻を観たのではないかと、映画だからない、再生ボタンを押したい衝動にかられたものだ。森田は、吉田恵輔監督に「僕、これはちょっと……」とは言わずに、淡々と仕事をやりきったのだろう。すごい。

失禁によって濡れたパンツや、女性のあのアイテムなど、たいていタブー視されることを、マイナスにしない不思議な力をもった森田剛。無精髭を生やして、どんなに小汚いふうを装っていても、汚くなり過ぎない。

とはいえ、それがプラスであるというふうにも見せない。もちろん、共感の余地があっても困っちゃうので、そこはしっかり結界を張っている。そんな彼は、まるで、シェイクスピアの『マクベス』で魔女が「キレイは汚い、汚いはキレイ」と言う台詞や、修行した僧侶が体得する「諸行無常」の域のように、単純な善悪の判断を打ち消して、零ベースにしてしまう。

一切は、その刹那の出来事に過ぎないという、世の無常を、その全身で演じるなんて、いったい、どうしたら、そんな域に到達できるのか? その謎は簡単には解けそうにない。『ハロー張りネズミ』でも、人にお願いごとをする時に、身の上話をして同情を買うものの、あとになって、その身の上話は嘘だったことがわかるエピソードがあった。嘘だったことをケロっと七瀬に明かすグレさん。実は暗い生い立ちを秘めているらしいので、嘘もまた嘘かもしれず。謎めいた存在のグレさん。それを演じている森田剛も謎めいている。簡単に尻尾をつかませない、身のこなしの素早さ。それもまた、野生のネズミのようではないか。

ただ、彼のように「汚いはキレイ」男子になるのは、メガネ男子などに比べて、かなり難易度が高いので、世の男子の皆さんは、目指さないほうがいいとご注意申し上げます。

■著者プロフィール
木俣冬
文筆業。『みんなの朝ドラ』(講談社現代新書)が発売中。ドラマ、映画、演劇などエンタメを中心に取材、執筆。著書『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』、構成した書籍に『庵野秀明のフタリシバイ』『堤っ』『蜷川幸雄の稽古場から』などがある。最近のテーマは朝ドラと京都のエンタメ。