災害時に役立ち、男性の育児参加につながるとして、解禁が検討されている乳児用の液体ミルク。海外では一般的とされながらも、日本で製造・販売の動きが起こらなかったのはなぜなのか。そして日本の粉ミルクメーカーが、液体ミルクを発売するとしたら、どのような商品になるのだろうか。

粉ミルクの製造・販売を行っている雪印ビーンスターク、育児品事業部営業企画グループ広報担当の田中健一さんに聞いた。

雪印ビーンスターク、育児品事業部営業企画グループ広報担当の田中健一さん

液体ミルクの製造・販売に踏み出せなかった理由

――なぜ日本では、乳児用のミルクとして、粉ミルクしかないのですか

乳児用ミルクの規格が「粉」しかないからです。乳製品については、厚生労働省の「乳等省令」という省令によって、それぞれ規格が定められています。乳児用ミルクについては、「生乳、牛乳もしくは特別牛乳またはこれらを原料として製造した食品を加工し、または主要原料とし、これに乳児に必要な栄養素を加え粉末状にしたものをいう」と定義されています。

また、最低限入れなければならない成分が決まっていますし、容器についても規定があります。そのため、これまでは粉ミルクしか製造・販売できませんでした。

――液体ミルクが作れるように、新たな規格を作ろうという動きはなかったのですか

牛乳・乳製品の業界団体である日本乳業協会が、2009年に液体ミルクの規格を作ってほしいと要望しています。海外では一般的になっており、災害時に重宝するというのは業界内でも認識があったためです。

――なぜそれ以上に進まなかったのでしょうか

まず技術的に課題があります。粉ミルクは、いったん牛乳を分解してから、必要な成分を取捨選択し、ビタミンやDHAなどの乳では補えない成分を足して作られます。しかし例えばビタミン類などは、粉ミルクの粉の状態で保管していても、時間がたつにつれて徐々に減っていってしまいます。そのため、賞味期間中、不足することのないよう設計されています。

液体になると、成分の減りが粉に比べてさらに早くなってしまうので、その点を解決する技術が必要となってくるでしょう。液体ミルクは、粉ミルクを水で溶かして殺菌すれば出来上がるものではありません。粉ミルクとはまた別の商品として、新たに開発する必要があるのです。

それから、粉に比べて流通コストがかかること、少子化が進んでいる中で、液体ミルクを作るための新しい設備にどれだけ投資できるのかという課題もあります。

たくさんの成分が入っている粉ミルク。成分状態を液体で保つためには技術を要するという

海外と日本の違いは?

――海外では一般的に販売されているようですが、海外とは違う課題が日本にはあるということですか

液体ミルクの長期保存を可能にするために、海外で使われている食品添加物が日本で乳児用液体ミルクに使用できるかは分かりません。さらに海外では、日本の消費者とは違う需要があり、技術が発達してきたとも言えるのかもしれません。

それから、乳児用ミルクというのは、牛乳のように幅広い年代の方に飲んでいただけるものではありません。たくさん赤ちゃんがうまれているといっても、日本の人口で考えると1%未満なので、半年から1年くらい常温保存できる商品でないと、流通上、安定した供給ができないのではないかと考えています。

日本の食品は、かなり余裕を持って賞味期限を設定しています。賞味期限ぎりぎりで使用した際に、何かがあっては困るからです。そう考えると、実際にはさらに長期に保存できる商品を作らなければならないので、海外と比べて、商品化のハードルは高いかもしれません。

また、見た目の問題もあります。常温保存が可能な液体ミルクを作るためには、ミルクに強い熱をかけて殺菌する必要があるのですが、そうすると、どうしても褐色に近い色になります。ミルクに含まれるたんぱく質と糖質によるものです。

また保存中に色が変化したり、脂肪が浮いてきたり、ミネラル分が沈殿したりということが起こってくる可能性があります。赤ちゃんに与えても問題ありませんし、実際に海外の商品でもそういうものがあると聞いていますが、日本において「ミルクは白い」と思われているので、気になる方が多いのではないでしょうか。

もちろん見た目を気にされない方もいらっしゃると思いますが、できる限り、解決していきたいという思いがあります。