高麗山コースで朝鮮半島とのつながりを知る

先ほどの高麗山方面への分岐路まで戻り、今度は高麗山を目指して歩いて行こう。高麗山というのは、正確には「八俵山(西天照)」「大堂」「東天照」の3つの頂きの総称をいう。

ハイキングコースは歩きやすく整備されているが、一歩脇に入ると、シイやタブの木を主とする手つかずに近い自然林が残っている

ところで、「高麗」と言えば高麗人参を出すまでもなく、多くの人は朝鮮半島を思い浮かべるのではないか。実際、朝鮮半島には「高句麗(こうくり)」という王朝があった時代もある。

この高句麗が西暦668年に同じく朝鮮半島にあった「新羅(シラギ)」と中国の「唐」の連合軍に滅ぼされると、貴族や僧侶など多くの人々が日本に逃れてきて、この付近に居住し、周囲を干拓したのが「高麗」の地名の由来だ。ちなみに、西暦716年に、高句麗からの亡命者のうち1,799人が、現在の埼玉県日高市周辺に移され、高麗郡が設置されたため、埼玉県にも「高麗」の地名が今なお残っている。

戦国時代の空堀に架かる橋

さて、高麗山ハイキングコースを歩いて行くと、最初のピークである八俵山から大堂に向かう途中、溝に木の橋が架けられている場所があるが、これは戦国時代に掘られた、敵の侵入を食い止めるための空堀の跡だ。戦国時代、小田原北条氏は小田原城と相模平野を結ぶ連絡用の狼煙台をこの山に設置した。また、かの上杉謙信が小田原侵攻の際、この山に陣を構えた歴史もあるという。

湘南平から歩き始めて30分ほどで、高麗山の3つの頂の中で最も標高が高い大堂に到着。大堂から石段を下りていくと、途中、男坂と女坂に道が分かれるが、いずれを進んでも20分ほどで麓の高来神社(たかくじんじゃ)の境内に出る。

東海道五十三次、8つ目の宿場町を抜け

高来神社から大磯駅までは2kmほど。バスもあるが、もし歩くならバス通り(国道1号)ではなく、昔の旅人たちも歩いた旧東海道の道を風情を感じながら歩きたいところだ。国道に面した高来神社の鳥居から100mほど先に「化粧坂(けわいざか)」という交差点があり、ここから右に分岐するやや細い道が旧東海道で、日本橋から数えて「東海道五十三次」のうち8つ目の宿場町である「大磯宿」への入り口にあたる。

化粧坂の旧道。昔の旅人が歩いた旧東海道だ

ちなみに、「化粧坂」という地名は日本各地にあり、有名なのは鎌倉市にある「化粧坂切通し(けわいざかきりどおし)」だろう。鎌倉の場合、この一風変わった地名の由来について、木が生い茂っている「木生え(けはえ)」が転じたとか、昔、遊郭があり化粧をした遊女がいたからなど、さまざまな説が唱えられている。大磯には、鎌倉時代に鎌倉武士たちも遊んだ遊郭があったというから、案外、遊女説が正しいのかもしれない。

この化粧坂の道沿いには、日本三大仇討ちのひとつ『曽我物語』に登場する虎御前が化粧に使った水を汲んだという「化粧井戸」や、かつての一里塚の跡などもあり、それらを眺めながらゆっくり歩いても20分ほどで大磯駅に到着する。

付近には日本三大仇討ちのひとつ『曽我物語』に登場する虎御前が化粧に使った水を汲んだという「化粧井戸」がある

なぜ大磯が「湘南」発祥の地?

最後に、大磯が「湘南」という地名の発祥の地であるとされていることについても記しておこう。その理由を知るには、大磯駅から300mほどの場所にある、京都の「落柿舎」、滋賀の「無名庵」と並ぶ、"日本三大俳諧道場"のひとつ「鴫立庵(しぎたつあん)」を訪ねる必要がある。

鴫立庵はその昔、西行法師(1118~1190年)が奥州への旅の途上で詠んだ、

心なき 身にもあわれは 知られけり 鴫立沢の 秋の夕暮れ

という和歌にちなんで、江戸時代初期の寛文4(1664)年に小田原の崇雪(そうせつ)という人物が草庵を結んだのに端を発する。この崇雪という人物は、現在も小田原で製薬・製菓業を営む外郎(ういろう)家の出とも言われるが、外郎家はもともと、中国の元王朝(1271~1368年)に仕えた公家の家系だ。

日本三大俳諧道場のひとつ「鴫立庵(しぎたつあん)」

そして、「湘南」というのは、もともとは中国の湖南省を流れる湘江の南部のことだが、崇雪が先祖の地に思いを馳せ、海に面した温暖な大磯の風土が、中国の景勝地「湘南」と似ていると思い、この地を「湘南」と称したのがはじまりとされる。

●information
鴫立庵
住所: 神奈川県大磯町大磯1289
開館時間:9:00~17:00
休館日:年末年始(12月29日~1月3日)

さて、大磯駅から湘南平への絶景と史跡巡りを楽しむハイキング、いかがだっただろうか。都心から電車で1時間ちょっとで訪れることができる手軽さもある。ぜひ、この秋の日帰り旅行の旅先にオススメしたい。

※記事中の情報は2016年11月時点のもの

筆者プロフィール: 森川 孝郎(もりかわ たかお)

旅行コラムニスト、オールアバウト公式国内旅行ガイド。京都・奈良・鎌倉など歴史ある街を中心に取材・撮影を行い、「楽しいだけではなく上質な旅の情報」をメディアにて発信。観光庁が中心となって行っている外国人旅行者の訪日促進活動「ビジット・ジャパン・キャンペーン」の公式サイトにも寄稿している。鎌倉の観光情報は、自身で運営する「鎌倉紀行」で更新。