カールソン・キャロリーナさん

子育て先進国として知られるスウェーデン。充実した制度や社会全体の子育てに対する理解に恵まれながら育った子どもたちは、自国の取り組みについて何を感じ、さらには日本の現状をどのように思うのだろうか。

そんなことを考えている折、出会った女性がスウェーデン人のカールソン・キャロリーナさん(28)だ。今から2年前、結婚を機に来日し、現在はお茶の水女子大学・大学院でジェンダー社会科学を専攻。夫婦間のコミュニケーションや父親の育児参加、育児休業取得について研究している。育児に関わる父親がいる家庭を対象として、日本のみならずスウェーデンの夫婦からもヒアリングをし、両国の違いについても調査しているという。

お互いの国の文化に触れながら、さらに研究を通して日本とスウェーデンの家族観について考える日々。彼女が見つめる両国の子育てについて聞いてみた。

日本は「父親も母親も大変そう」

――なぜ日本でジェンダー社会科学を専攻しようと思ったのですか

もともと英語教育を専攻していて、英語の高校教師の免許も持っているのですが、教師になるにあたって、ジェンダー学を学ぶことが非常に重要だからです。スウェーデンの学校では差別が起こらないような教育をしていて、例えば英語の授業でも、生徒たちに映画を見せて「登場人物の男女の関係は平等か」といったディスカッションをさせることがあります。ジェンダー論を知っておくことは、授業運営においても必要なのです。

日本でジェンダー学が学べる大学を探していたところ「家族におけるジェンダーを学ぶ」という観点から、現在の専攻に興味を持ちました。例えば労働市場におけるジェンダーを考察する場合、非常にマクロな視点になりますが、私はどちらかというと、家族というミクロな視点でジェンダーを研究してみたいと思ったのです。

――父親の育児参加・育休取得について研究しているということですが、周りの日本人の家庭を見て、どのようなことを感じますか

今まで見てきた例が多いとはいえないのですが、友人などの話を聞いていて「父親も母親も大変そうだ」と純粋に思いました。父親は平日長時間労働をして、週末は疲れ果てている。母親は専業主婦・もしくは少しだけ働いていて基本的に家にいる。現在の共働き世帯にいたっては、長時間労働の中で、子育て・家事・仕事を両立しているというのが本当にすごいです。

私が育った環境を考えてみると、父親と母親が共にフルタイムで働いていました。しかし残業がほとんどなかったので、両親共に17~18時には帰宅していたんですね。半分ずつというわけではないですが、家庭内の役割分担はわりと平等だったと思います。

今日本では、社会における女性活躍の機運が高まっていますが、私の視点は、長時間労働でストレスも大変な状況にある父親に何ができるのかということです。夫婦ともに我慢をしながら子育てをすることは限界があると感じます。この価値観を押し付けたいわけではありませんが、父親も子どもに関わりあえるという"選択肢"が必要なのではないでしょうか。

「家族」というものの考え方が違う

――父親の育休取得に関しても日本とスウェーデンでは違いがありますか

まだ研究の途中ですが、今まで読んできた文献や研究におけるヒアリングを通して感じたのは、日本とスウェーデンの比較自体が、もともと前提が違うので難しいということです。スウェーデンの場合、夫婦は共働きが主流です。さらに、480日間の育休期間において90日間は父親しか取得することができないという「パパ・クオータ制度」があります。そのため、父親の育休取得をどうするかというのは経済的な観点から話し合われます。父親の収入の違いで、育休をどのくらいの期間取得するか考えるといった具合です。

一方で日本では、前提として父親は育休取得しないという家庭が多いと思います。まだ結論は出せませんが、父親にもともと「取得したい」という気持ちがなければ、母親が何を言っても取得しない傾向があると感じています。ですから今後の研究では、子どもがうまれる前、父親が「子育てに積極的に参加したい」と思っていたかなど、詳しくヒアリングしていくつもりです。

――なぜそのような違いがあるのだと思いますか

家族というものの考え方が違うからではないでしょうか。日本に来て驚いたのは、多くの女性が結婚する条件として「男性の収入の高さ」をあげていたことです。養ってもらいたいと思っている女性が多いのかなと感じました。今まで共働き世帯が少なかったのは、そういった背景があるのかなと。スウェーデンでは、女性が働き続けるという選択肢が当たり前で、友人から「専業主婦になりたい」という意見が出たら、驚くと思います。

また、文献や論文を読んだ中で感じたのは、母親自身が父親を立てる風潮があるということです。例えば父親が残業した場合「帰宅が遅いのは私たちのために働いているからですよ」と子どもに声をかける母親がいると聞きました。一方で、私の子ども時代を思い出すと、父親が残業していたときの母親はすごく不機嫌そうだったのです。残業をして家庭の時間を作らないというのがよくないと思ってきたし、そう教えてもらってきました。

教育現場においても、教師が子どもの性別によって教え方を変えたり、クラスでの役割を変えたりするということがなかったように思います。性別が違ったとしても、ほかは一緒なのだという教育を受けてきたので、日本の事情はわかりませんが、そういった背景も異なると思います。

今こそ「パパ・クオータ制度」の導入を

――日本とスウェーデンでは、これまで想定してきた家族像が違うのかもしれませんね

スウェーデンも、はじめからこのような考え方だったわけではありません。1980年代くらいから共働き家庭が増加したこともあり、政府が父親も家事・子育てをするよう、働きかけをしてきました。その結果、1995年に父親のみに割り当てられる育休「パパ・クオータ制度」ができたのです。一般の人の意識が変わって初めて、制度が導入でき、実際に取得する人が増えました。

――どうしたら意識が変わると思いますか

今の日本は、女性の活躍や父親の子育て・家事参加についての声が高まってきているので、意識が変わりつつあると感じています。ですから、そろそろ制度を変えていく方がいいのではないでしょうか。個人的な意見ですが、スウェーデンが変化したときの状況と今の日本の状況は似ていると感じるのです。

私自身の考えでは、父親の育児参加において、長時間労働の是正が一番の解決策だと思います。しかし長時間労働が変わらないのであれば、スウェーデンと同様に「パパ・クオータ制度」を導入したらよいのではないでしょうか。そういった強制力がなければ、なかなか父親が子育てに参加するきっかけをつかめないと思うからです。

「父親も子育てに参加できる」という選択肢を提示したい

――キャロリーナさん自身は日本でどのような家庭を築いていきたいと考えていますか

私は今の夫と結婚する前に「専業主婦にはなりません」と宣言しました。夫が日本人だからというわけではありません。子育ても家事も夫婦で分担するというのが、私の結婚の条件だからです。そういう理解がないと、結婚できませんという話もしました。「育休も取ってね」とよく言っています。夫は理解してくれていますし、理解してくれているからこそ結婚しました。

私は自分の考えを人に押し付けるつもりはありませんが、結婚する前に、自分がとった選択が、その後の生活にどのような影響を及ぼすのか、考えてみることは大切ではないでしょうか。私は、自分が育ってきた環境がよかったと感じるので、子育てに関わりたいと考える父親が、その選択肢を取れるような社会になってほしいと思います。そして、父親が子育てに参加できるように、家庭の中で何ができるのか、どのように社会を変えていけばいいのか、これからも考えていきたいです。