映画『海街diary』で第39回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞したことも記憶に新しい是枝裕和監督。最新作『海よりもまだ深く』(5月21日公開)は、阿部寛演じるダメ男が主人公となり、是枝監督が過ごした清瀬市の旭ヶ丘団地を舞台に家族の物語を展開する。50代という年齢を主人公に持ってきた是枝監督の思い、そして日本映画界について話を伺った。

是枝裕和
1962年生まれ、東京都出身。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。2014年に独立し「分福」を立ち上げる。95年、初監督作品『幻の光』がベネツィア国際映画際で金のオゼッラ賞を受賞。以来、『誰も知らない』(04年)『花よりもなほ』(06年)『歩いても 歩いても』(08年)『そして父になる』(13年)等の作品を送り出し、国内外で数々の賞を受ける。12年には初の連続ドラマ『ゴーイング マイホーム』で脚本・演出・編集を務めた。15年公開『海街diary』で第39回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞。 撮影:西田航

50代だからこそ生まれてきた話

――今回の作品では、「なりたい大人になれた?」というメッセージが印象的でしたが、これはどこから生まれたものなんでしょうか?

脚本の1ページ目に「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」と書いているんですよね。阿部さんも自分も50代になって、お互いに父親になったところで一緒にホームドラマをやってみたいという気持ちが高まったときに、この言葉が出てきました。

40~50代は大きな変化があるなと思っていて。きっと人生のゴールが見え始めるんですね。あんまり思いたくないですが、残りの年数を数え始めるタイミングではないかという気がします。スキージャンプでたとえると、これまでは斜面を滑っていたけど、50代は跳んだ後なんです。跳び出した後「なんとか風にのって飛距離を伸ばそう」という段階なので、もう取り返しがつかない。

50歳って、おそらく多くの人は自分の総括を始めるけど、夢もまだ諦めきれない段階だと思うんです。きっと60歳を過ぎてしまえば、それまでの人生と違う未来を夢見たりはしないんですが、50代はギリギリまだ、ゼロにしてやり直す人もいる。だから「なりたかった大人」をめぐる話にしようか、という感覚でした。

――ご自身は今、なりたかった大人になれていますか?

子供のときになりたかった大人になれてるかというと、なれていないですね。プロ野球選手になりたいと思っていましたから(笑)。

60代になったら60代のホームドラマを

――子供時代のお話が出てきましたが、是枝監督のお話は子役がキーパーソンになることが多いですね。

ホームドラマになると、やはり自然と子供が出てくるようになります。今回は更に、主人公を立体的にするため、息子としても、夫としても、父親としても、小説家としてもうまくいっていない姿を描きたかったんです。4つの"思い通りにいかなさ"が彼を作っている。そのためには、子供が必要でした。

――探偵事務所の、池松壮亮さんと阿部さんも見ていてすてきなコンビでした。

そこはまた、疑似親子になっていますからね。ホームドラマはどうしても血縁の話が中心になるので、今回は疑似的な親子関係を並走させるのが大切だと思いました。

――是枝監督の作品で、阿部さんが「良多」という役名になるのは3回目です。「良多」という名前を使うときは自分を投影するときだと伺ったことがあるのですが、今回もそのような意図があったのでしょうか?

そうですね、新しい名前を考えるのがめんどくさいというのもありますが(笑)。今後、60歳を過ぎてホームドラマを撮れるチャンスがあれば、また阿部さんの「良多」を撮ろうと思っています。40代同士で『歩いても 歩いても』をやって、今回の『海よりもまだ深く』は50代同士で。年を重ねていく中で共同作業として残せているのは、作品と監督と主演のとても幸せな関係だと思いますね。60歳を過ぎて、お互いにゴールが見えたときに、どういうホームドラマが出てくるのか、試してみたいです。

――ゴールが見えてくるのに、60代は節目という感覚ですか。

人それぞれだと思いますけどね。20年間やってきて、キャリア的にいうと折り返したんだろうなとは思います。これから先、30代40代みたいなペースでできることはないでしょうし、キャリアのたたみ方、と言ったら早過ぎるかもしれませんが、あと何本撮れるかは考えますね。