京都は魅惑的なレトロ喫茶店の宝庫! (写真は「スマート珈琲店」)

古き良き喫茶店文化が息づく古都・京都。この街には、歴史が長く、地元の人にも観光客にも愛され続ける喫茶店が目白押し。まさにレトロ喫茶店の宝庫で、歩いているだけで気分がうきうきとしてくる。

昭和7年創業の名店

京都市を東西に貫く三条通から、寺町通のアーケードを北へ歩いたところ、画廊や古書店が軒を連ねる一角に、京都屈指の老舗「スマート珈琲店」(中京区)は建つ。電車で向かうなら地下鉄東西線「京都市役所前」駅が近く、徒歩1分ほどだ。

1932(昭和7)年創業のこの店、もともとは「スマートランチ」という洋食店だった。戦後に現在の店名に変わったが、「スマートランチ」の伝統を受け継ぎ、現在も1階では喫茶、2階では洋食ランチを楽しめる。人気店で、行列ができるのも日常的な光景。とくに土日は混雑するが、平日午前は地元の常連客が多く、待たずに入れることも多い。

風格のある外観に、心持ち襟を正して歩み入る。レトロでありながら品の良さが漂う店内は、スイスの山小屋をイメージして木を多用。床と壁は板張り、チェアは革張りで、BGMはゆるやかなクラシック。"落ち着く"という言葉を絵にしたような空間だ。

コーヒーは自家焙煎にこだわる。カフェ・オ・レ、ウインナーなどのアレンジはあるが、いわゆる"コーヒー"はオリジナルブレンドの珈琲(500円)のみという潔さ。苦味の主張が少ない、ほっとできる味だ。

オリジナルブレンドの珈琲(500円)。落ち着いた空間にふさわしい、落ち着いた味わいがほっとさせてくれる

フードメニューではホットケーキとフレンチトースト(共に650円・コーヒーとセットで1,100円)が人気で、いずれの味も創業以来変わらないという。2人連れの客はホットケーキとフレンチトーストを両方頼むパターンも多いようだ。ホットケーキにもココロを動かされつつ、今回はフレンチトーストをオーダー。フワフワながらジューシー感もあり、見た目よりもしっかりとした食感を楽しめる。

人気のフレンチトースト(650円・コーヒーとセットで1,100円)。ほとんどの客がフレンチトーストかホットケーキのセットを注文していた

店内がほっと落ち着くような空気に満ちているのは、もちろん偶然ではない。「スタッフが客に近すぎず、遠すぎず、バランスのとれた接客を志している」と、同店代表取締役の元木章さん。平日朝は常連が多いが、最近は「朝食はカフェで」というトレンドもあってか、観光客も多く訪れる。近年は外国人観光客も増えているが、同店では以前から英語併記メニューを用意し、海外客への対応も進んでいる。

京都の繁華街の中心部で、地元の人からも、観光客にも、長く愛され続けるスマート珈琲店。老舗の風格と心地よさを兼備した名店である。

●information
スマート珈琲店
京都市中京区寺町通三条上ル天性寺前町53

ジャズ喫茶を源流に持つ京都レトロの体現

「スマート珈琲店」から徒歩5分ほどの場所にある今度の喫茶店は、間口が狭く奥行きが深い、京都の町家に特徴的な"うなぎの寝床"スタイル。阪急電鉄京都本線「河原町」駅から徒歩5分ほど、賑やかな河原町通沿いに位置する「インパルス」(中京区)だ。

"うなぎの寝床"スタイルの純喫茶「インパルス」。外観でためらう客も多いが、反対に外観が気に入りふらっと入店する客も多いという

同店のマスターは2代目で、先代が京都市内の太秦(うずまさ)でジャズ喫茶を開いたのが1966(昭和41)年のこと。2年ほど後に河原町に移転し、河原町通を挟んだ向かい側、現在の位置に純喫茶も開いた。京都で一世を風靡したジャズ喫茶の文化が年々衰退する中、大元のジャズ喫茶店は閉店とし、純喫茶一本となって今に至る。店名の「インパルス」は唐突な印象を受けるかもしれないが、ジャズ好きなら誰でもわかるという、アメリカの名門ジャズレーベルから名前をとっているそうだ。

店名の由来となったインパルス・レーベルのレコードが飾られている。ジャズ好きにはよく知られている店だという

その関係か、「ジャズ好きの間ではよく知られている」とマスターの松井邦昭さんは語る。地元客はもちろん、国内外からの旅行客もリピーターとなってよく訪れるという。

店内の入口近くには縦向きのカウンター。その横を抜けると、奥にテーブル席が用意されている。さらにその奥、店のどん詰まりには、京都の町家建築にしっくりくる坪庭が。「坪庭を設けることで光が入り、開放的に感じる」とは、共に同店で勤務されているマスターのお母さまの弁だ。

自家焙煎&サイフォン式のコーヒーはあっさり飲める味で、開店の頃から変わらない。ブレンドコーヒー(450円)や各種ストレートコーヒーのほか、トースト(450円)やピザ・トースト・セット(900円)などもそろえる。ドリンク・フード共に豊富なメニューは、むしろ開店当時から「メニューを減らしたくらい」というから驚きだ。

創業から変わらぬ自家焙煎。「ブラジルは、よそは深めですが、うちは浅めにしています」とマスターの松井邦昭さん

話し好きのマスターやお母さまとカウンターで会話を楽しむもよし、流れるジャズに耳を傾け、本や雑誌のページをめくるもよし。河原町近辺で昭和の喫茶店文化を感じながら足を休めたい人にはぴったりの店だ。

店の奥には町家風の坪庭。ここにも席をつくるという話はあったが、「やっぱり光が入ると気持ちいい」(マスターのお母さま)ということで坪庭にしたという

●information
インパルス
京都府京都市中京区河原町通蛸薬師上ル奈良屋町292

時間を心地よく飛び越せるノスタルジーの楽園

最後は、千本通と今出川通が交差する一帯、かつての平安京で大内裏の北にあたるエリアから。南北に延びる千本通が東西を横切る今出川通にぶつかって左に折れたところ、いわゆる"西入ル"の南側に、「喫茶 静香」(上京区)はある。電車で向かうなら、京福電鉄北野線「北野白梅町」駅から徒歩13分ほど。市バス「千本今出川」停留所からはすぐの立地だ。

外観は"レトロ喫茶店"の王道を行く風情。扉を押して一歩入ると、"京都の昭和"を感じさせるゆるやかな時間が流れている

1937(昭和12)年、ある芸妓によって産声を上げた同店。現オーナー・宮本和美さんのご両親がこの店を受け継いだのはその翌年のことだという。筆者が訪れたのは、6月平日の昼下がり。中には常連と思われるおじいさんが2人おり、店内はゆるやかな静けさに包まれていた。目の前は交通量の多い今出川通だが、一歩入ると異空間。昭和へのタイムスリップとはまさにこのことだ。

中庭の奥にはどういうわけか小便小僧の像が

おじいさんの1人は宮本さんや店員さんと会話を楽しんでいる。梅雨の季節、雨の話題から広がり、「庭にアジサイが咲いた、もう40輪くらいバーッと咲いてる」とおじいさん、それに応えて店員さんが「うちも咲きましたよ、うちのはガクアジサイなんです」……なんでもない会話が、この店にはよく似合う。

コーヒー(350円)を注文すると、「フレッシュは入れていいですか? 」と尋ねられる。せっかくなので、フレッシュ入りのコーヒーをいただいた。懐かしさを感じさせるマイルド風味だ。

ホットケーキ(350円)も人気メニューのひとつ。たっぷりのメイプルシロップがかけられ、さながらシロップの池に浮いたような風情。午後の時間をゆったり過ごすお供としては、ちょうどよいボリュームだ。

メイプルシロップに浮かぶ「ホットケーキ」(350円)

「ここは西陣なので、繊維産業が盛んな頃は地元の同業者が集まり、意見交換をしていましたね。いまもほとんどが地元のお客さんですが、観光客もよく来ます」と宮本さん。喫茶店経営には、当然時代による波もある。しかし宮本さんは、「そういうときはお客さんが来るのを待つ。待つのも仕事」と割り切る。

店主の宮本さん。小柄なため、カウンターに入ると隠れてしまう

このまま何時間でも座っていたい。そんな思いが立ち上ってくる、時間を超えたような店だった。

●information
喫茶 静香
京都府京都市上京区今出川通千本西入ル南上善寺町164

※価格は全て税込。記事中の情報・価格は2015年6月時点のもの

著者プロフィール:唐津雅人(からつ まさと)

東京都出身。毎日新聞を経て、1998年よりフリーランスライター。旅、世界遺産を中心に、環境、ビジネス、IT関連などの書籍・記事を手がける。著書に「羽田 vs. 成田」「国境とはなんだ」(マイナビ新書)など。「旅」はライフワーク。