『ジョジョの奇妙な冒険』を描いた漫画家の荒木飛呂彦先生は、自分でもビックリするくらい記憶力がないと語っていたが、記憶力がないことで、一度見た映画や本を始めて見るように何度でも楽しめ、感動できたりと、頭がからっぽになることで、新しいものをどんどんまた詰め込んでいけるという。

そんな荒木先生のクリエイティブさが裏付けられたかのような研究結果があった。

最新の研究によれば、クリエイティブな忘却のプロセスには長い抱卵期間など必要なく、多かれ少なかれリアルタイムに起こるものなのだそうだ。これをマイクロインキュベーション、より正式には抑制(inhibition)という。一連の実験によって、カリフォルニア大学の心理学者ベンジャミン・ストーム氏とトリシャ・パテル女史は、新しいアイデアをブレインストーミングするその行為が古いアイデアが脳裏に浮かぶことを防ぎ、さっと忘れてしまうことによって創造性が向上することを実証した。

「この調査結果は、思考と忘却は本質的に結びついていることを示唆する。つまり、新しいアイデアを考えることで古いアイデアを忘れさせている。また、こうした忘却はクリエイティブな思考を行う能力を向上させるうえで、不可欠な役割を果たしている可能性もある」と、ストーム氏とパテル女史は『ジャーナル・オブ・エクペリメンタル・サイコロジー』に掲載された論文において結論付けている。

クリエイティブな忘却を試験するために、まず彼らは創造的な固定観念を再現した。これは被験者に八つの身の回りの品々(新聞など)を見せ、品ごとに基準となる典型的な利用方法(ギフトの包装など)をリスト化している。半分の品については、被験者に1分間でできるだけ多くの他の利用方法を考えるよう指示した。これは”別用途課題”と呼ばれる創造性を試験する標準的な手法だ。

新聞の再利用を例にとろう。「猫のトイレ」という”別用途”を思いつくためにはまず、「包装紙として」 という”基準用途”を打ち壊す必要がある。研究者の狙いは、クリエイティブな頭が固定観念を抑制するため、これが物忘れをさせるほど強いものなのかどうか確認することだ。そのため実験の最後には、被験者に基準用途(包装紙)を思い出すように求めている。

これによってインキュベーション(アイデアの育成段階)の様子を垣間見ることができた。多くの別用途を思いついた被験者は、単にリストを読んだだけで他の用途を挙げなかった被験者に比べ、忘れた基準用途の数が多かった。言い換えれば、猫のトイレをひらめかせる何かは、頭がギフトの包装のことをもう思い出せないほど完全に忘れ去らせてしまうということだ。研究チームはこれを”思考誘発型忘却”と呼んでいる。

抑制の効果は、被験者がどれほどクリエイティブであろうとするかに関係なく起きた。思考誘発型忘却は、猫のトイレといった普通の用途であれ、紙のガウンといった変わった用途であれ、別用途を思い浮かべるよう指示された被験者においては実際に起こる。だが注目すべきは、変わった用途を思い浮かべようとした被験者ほど回想の成績が悪かったことだ。まるで、オリジナリティーの高い抑制には余計な精神エネルギーが必要なようだ。

ただリストを読んだだけの被験者(表Baseline)と比べ、新たに別用途を思いついた被験者(表Thinking)は思い出せた基準用途の数が少なかった。この点において用途が普通か、変わっているかの区別はない

この最初の結果を受けて、さらに実験が続けられた。ある実験では思考誘発型忘却は非常に強力で、基準用途を思い出す際にヒントを与えられていても起きていることが明らかとなった。また、別の実験では、被験者が基準用途から考えを発展させた場合は思考誘発型忘却の兆候が見られなかった。この結果は、抑制は固定観念とインスピレーションを区別できることを示唆している。

最後の仕上げとして、全ての実験結果を統合して分析が試みられた。その結果、別用途を思い浮かべたことで忘却した度合いが大きい被験者は、忘却数が少なかった被験者よりも著しくクリエイティブ度の成績が高いことが判明した。そして、潜在的に固定観念となる要素を抑制することで、「より多様かつオリジナルな検索スペースを探索し、創造性に富んだ用途を思いつくことができる」と研究チームは結論した。

ただし、科学的な観点から見ると、この実験は完璧なものではない。被験者数が少な過ぎるうえ、そもそも”別用途課題”は創造性の指標として根拠に乏しいと批判されているのだ(新聞を紙のガウンになど、ばかげているといった具合だ)。また、この結果が本当に抑制の現れと言えるのかはなはだ不確かである。被験者は新しいアイデアを考えるために古いものを遮断したのかもしれないし、あるいは新しいアイデアを考えるプロセスが古い記憶を妨げるのかもしれない。

一般的な視点からは、こうした実験結果をどう生かせばいいのかよく分からない。思考の堂々巡りに陥ったら休憩をとるのだとしても、一体どうすれば固定観念を抑制する能力を鍛えることができるのだろうか? その意味では、この研究は実践的ではなく、創造性に関する理論的な説明を行ったにすぎない。

だが、そうした欠点を除けば、興味をそそられる研究であり、クリエイティブなプロセスの理解を一歩進めたものだろう。また、せっかくいいアイデアを思いついたのに、書き留めなかったばかりに忘れてしまったことのあるアイデアマンにとっては、ちょっとした慰めにもなるはずだ。きっと優れたアイデアを忘れてしまうことよりも悪いことがある。それはひどいアイデアを忘れられずに、優れたアイデアを阻害してしまうことではないだろうか

カラパイア

ブログ「カラパイア」では、地球上に存在するもの、地球外に存在するかもしれないものの生態を、「みんな みんな 生きているんだ ともだちなんだ」目線で観察している。この世の森羅万象、全てがネイチャーのなすがままに、運命で定められた自然淘汰のその日まで、毎日どこかで繰り広げられている、人間を含めたいろんな生物の所業、地球上に起きていること、宇宙で起きていることなどを、動画や画像、ニュースやネタを通して紹介している。