夏クールでは、不倫の『昼顔』『同窓生』、タイムスリップの『信長のシェフ』。秋クールでもタイムスリップの『信長協奏曲』『素敵な選TAXI』、入れ替わりの『さよなら私』、30歳処女が大学生とCEOに言い寄られる『きょうは会社休みます。』。この半年間、「普通の人が非現実な状況に直面する」ドラマが急増している。
非現実な設定のドラマは、内容の自由度が増す反面、「リアリティがない」「ありえない」と批判されることも多く、諸刃の剣。今なぜテレビ局はこのようなドラマを作り、視聴者たちはそれを好んで見ているのか? 今回はその理由を挙げていく。
心のどこかで「毎日がつまらない」
現代の世を生きる人々は、食べ物、趣味、オシャレ、女子会……それなりに楽しく安定した日々を生きている。しかしその一方で、不況や事件などの暗い話題や、将来への不安にも事欠かない。そのため、「楽しくないわけじゃないけど、どこかつまらない」「日々に小さな変化や刺激が欲しい」と感じている人が多いのだ。
そんなときに惹かれやすいのは、手に届きそうな距離のファンタジー。「思いっきりファンタジーでは全く感情移入できないから、ある程度のリアリティは欲しい。でも『もしかしたら』と感じる夢や刺激のあるドラマが見たい」というニーズがある。
だから、『昼顔』の笹本紗和(上戸彩)も、『信長協奏曲』のサブロー(小栗旬)も、『さよなら私』の星野友美(永作博美)も、身の上や性格の設定は一般人そのもの。彼らが自然体の演技をしているため感情移入しやすく、自分たちの世界と重ね合わせている。
勝ち負けや上下がやたら気になる
視聴者嗜好の変化という意味では、明らかなことがもう1つある。それは、「人間関係の勝ち負けや上下がやたら気になっている」こと。その証拠に『半沢直樹』の大ヒット以降、勧善懲悪のドラマが増えているし、『ファーストクラス』も些細なことで勝ち負けや上下を気にする"マウンティング"をテーマにしたドラマだ。
ネットの発達で、地位、成績、お金、スポーツ、ルックス、センス、暮らしなど、比較し合う項目や機会は増える一方、「あの人に勝っている」「彼よりも自分の方が上」というレーダーの感度が異様に上がっている。だから、非現実の世界に放り込まれた主人公が、どん底に落ちたり、そこからはい上がったりする姿に興味を抱くのではないか。
口コミで安定のリアルタイム視聴
次に制作サイドの都合を考えてみたい。録画視聴率の測定が十分でない現状、テレビ局が目指すのは"リアルタイム視聴"のアップ。しかし、自宅にいたとしてもパソコンやスマホなどを見ているかもしれないし、テレビをつけていたとしてもザッピングされたら意味がない。
だからこそ各局は、ツイッターやSNSで口コミしたくなるような設定や小さなネタを用意している。うまくいけばLINEの友人グループで「このドラマ見て! スゴイよ」なんて広めてもらえる可能性があるのだ。
少しのことで驚いたり、ちっちゃい笑いを拾ったり、小さなミスにツッコんだり。「思わず人に言いたくなる」ことも、「ありえないと思うこと」も全てはネタになる。そんな視聴者心理を突くのに、非現実ドラマは手っ取り早いのだろう。
俳優陣とキャスティングの進化
非現実ドラマは、「一般人が想定外の状況に追い込まれる」という意味で、リアリティだけを追求した作品よりも演技が難しい。つまり、俳優としての力量が問われる作品だ。
その点、『素敵な選TAXI』の竹野内豊や『さよなら私』の永作博美ら中堅俳優も、『昼顔』の上戸彩や『信長協奏曲』の小栗旬ら若手俳優も、難役を見事にこなしている。ドラマ・映画・舞台の3分野で主演作を重ね、人気に加えて非現実ドラマに対応できる技量を備えた俳優が増えているのだ。
一方、俳優をキャスティングする制作側も、演技力や経験で劣るアイドルの起用を減らし、実力優先での選ぶ傾向が増してきた。さらに、舞台で鍛えられた実践派の脇役を多数揃えることで、非現実な設定をリアリティあるものに近づけている。
ストーリー創作への覚悟
ドラマ人気が高まりはじめた1970年代後半から約40年が経過し、あらゆるテーマの作品はすでにやり尽くされている。制作側の基本的な仕事は、それら定番のテーマを時代の風潮やニーズに合わせたものに脚色することだ。しかし、ネット動画などが普及したここ数年は、それだけで視聴者の心をつかむのが難しくなっていた。
もともと不倫、タイムスリップ、入れ替わりなどの非現実ドラマは、80~90年代からあったのだが、当時は設定ばかりが前に出て、キャラ設定や心の機微などのリアリティは現在ほど追求されていなかった。その意味で、この半年間に放送されている非現実ドラマのクオリティは明らかに高い。
たとえば、放送前は「今さら入れ替わりモノなんて……」と言われた『さよなら私』は、「ヒロインと、彼女の夫と不倫している親友を入れ変わらせ、しかもそのまま乳がんになる」という設定を通して揺れ動く女心を丁寧に描き、放送後の評価を激変させた。
もちろん好みや当たり外れはあるが、制作側が「非現実ドラマをやるなら、覚悟を決めてしっかり作り込もう」と考えているのは間違いない。だから、前評判よりも視聴評価の方が高まることが多いのではないか。
不倫ドラマのトレンドは"純愛"へ
ここで、不倫ドラマの傾向についてふれておこう。『昼顔』『同窓生』は、これまでの不倫ドラマと同じように「夫に問題があるから、妻が不倫に走るのも仕方がない」という設定だった。
しかし、今月スタートの昼ドラ『シンデレラデート』は、何の問題もない夫を裏切りながらも純愛として描いている。これまでさんざん"ドロドロ不倫"を扱ってきた昼ドラが"純愛不倫"に舵を切ったのは、まさに時代のトレンド。朝からワイドショーでドロドロの事件を見ている主婦にとって、"ドロドロ不倫"よりも"純愛不倫"の方が非現実なのかもしれない。ちなみに、関東地区は14時から不倫ドラマ『水曜日の情事』も再放送していたが、「昼から不倫ドラマをハシゴ視聴する主婦なんているのか?」と驚いてしまう。
最後に、あらためて非現実ドラマの魅力を挙げると、1つは「自分が味わえない世界を疑似体験できる」こと。そして、意外に気づかれていないもう1つの魅力は、「あとくされがない」こと。リアリティもファンタジーも適度に留めているため、ドラマが終わってしまったらほとんど気にならず、忘れてしまえる。そもそもドラマを見ていたときも、何となく前のめりだっただけで、後戻りできないほどのめり込んでいるわけではないため、いい意味ですぐに醒められるのだ。
非現実ドラマはもしかしたら、あとで「何であんなに好きだったのか分からない」と感じる学生時代の恋愛に近いのかもしれない。「自由なようで不自由」「不自由なようで自由」な現実を生きる私たちには、これくらいの冒険がちょうどいい気がする。
■木村隆志
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。