浮気した経験はありますか?

いきなりですが、あなたは浮気をした経験ありますか? なかなか、「はい」と大きな声で返事をするのははばかれますが、けっして小さな数字ではないと思います。

ところで浮気ってなに?

ところで浮気って、なんなのでしょうか、一般的には、婚姻関係のある男女のどちらかが、他の異性と性的な関係を持つことと、定義されます。ということは、本来は婚姻関係がある夫婦間以外の恋人関係では浮気は成立しないわけです。まして、性的な関係がなくてはいけません。

その意味でいえば、浮気してしまいそうになったときの対処法としては、性的な関係を持たない。そのことにつきます。具体的にいえば、二人っきりになるような場所や性的な関係になるような場所に足を運ばない、ということでしょうか。

ですが、私たちは夫婦関係にかぎらず、恋人関係であったとしてもパートナーが他の異性に気があるような言動をすると、浮気だと感じてしまいます。実際、ひとが感じる浮気の境界線って、難しいですよね。ふたりで映画に行く、ふたりで食事に行く、ふたりでお酒を飲みに行く、ふたりで旅行をする、手をつなぐ、電話をする……。ここまではアリだなという浮気の境界線は、実際に調査をしてみても大きく違います。

なので、とりあえず浮気の境界線がどこかという問題は横に置いておくとして、恋人関係であったとしても浮気を踏みとどまるためにはどうすればいいかということに注目して、考えてみましょう。

恋愛の排他性

そのために知っておかなければいけないのは、恋愛の排他性という問題です。つまり、恋愛は規範の上で二者に限定される関係であるという理解です。そんなことをいうと、一夫多妻や一妻多夫の国があるじゃないかといわれるかもしれません。ですが、日本は一夫一妻。恋愛に排他性がある社会です。これは、恋愛の排他性が規範(社会のルール)にもとづくものだからなんです。

私たちの社会が、恋人はひとりじゃないといけないとルールを決めているために、そのルールから逸脱すると"浮気をした"として、社会的な罰を受けることになります。なぜ、恋人はひとりじゃないといけないというルールができたのか。ひとつには、多数の恋人をもつと、その人間関係が複雑になり多大な労力になるため、それを排除したと考えられます。もちろん、近代日本にキリスト教的恋愛観が入ってきて、排他性が生まれたともいえます。

排他性は恋愛関係の二者性を保持するための"縄張り"意識

そんな排他性ですが、学術的にいえば相手行動に対する"独占欲"と自分の行動に対する"貞操観"の両方に共通する恋愛関係の二者性を保持するための"縄張り"意識と定義されることがあります。

つまり、誰かと恋愛関係を結ぶということは、自分がパートナーに対して独占的で専有的な状態にあること、性的な関係をパートナー以外とは持たない状態にしておかなければならないんです。

その意味でいえば、浮気してしまいそうになったときの対処法という問題は、浮気してしまいそうになったときには、すでに自分とパートナーとのあいだで、独占的かつ専有的な状態でないことが考えられるため、もう手遅れともいえるかもしれません。パートナーに対して、秘密をもたない。パートナー以外との親しい異性関係を築かないということがなによりも大事なんです。

※写真と本文は関係ありません

著者プロフィール

平松隆円
化粧心理学者 / 大学教員
1980年滋賀県生まれ。2008年世界でも類をみない化粧研究で博士(教育学)の学位を取得。京都大学研究員、国際日本文化研究センター講師、チュラロンコーン大学講師などを歴任。専門は、化粧心理学や化粧文化論など。魅力や男女の恋ゴコロに関する心理にも詳しい。現在は、生活の拠点をバンコクに移し、日本と往復しながら、大学の講義のみならず、テレビ、雑誌、講演会などの仕事を行う。主著は『化粧にみる日本文化』『黒髪と美女の日本史』『邪推するよそおい』など。