アベノミクスの第3の矢である成長戦略の一つに、「豊かさ充実に向けた公的資金改革」がある。その柱が、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用見直しだ。運用見直しは、「長期的な経済・運用環境が変化する中、年金財政の長期的な健全性を確保すること」が狙いである。平たく言えば、運用成績を向上させようということだ。

GPIFの基本となる資産構成比率(基本ポートフォリオ)は、国内債60%、国内株12%、外債11%、外株12%などである。実際には許容かい離幅を設けており、今年3月末時点の実際の資産構成比率は、国内債55.3%、国内株16.5%、外債11.1%、外株15.6%などとなっている。

GPIF運用委員会の米沢委員長によれば、「まだ何も決まっていない」とのことだが、基本ポートフォリオの見直しは、相対的に利回りの低い国内債の比率を下げ、国内株や外貨建て資産(外債+外株)の比率を引き上げる方向で実施される公算が大きい。

市場では、国内債の比率を60%から40%に引き下げ、その20%分を国内株や外貨建て資産に振り向けるとの見方が有力だ。GPIFの運用資産は2014年3月末時点で127兆円なので、仮に外貨建て資産の比率を10%引き上げるとすれば、約13兆円の円売り外貨買い需要が発生することになる。

日本の経常収支の黒字は2000年代半ばには年間20兆円前後だったが、2013年には3兆円ちょっとまで減少した。また、日本からの対外証券投資は、為替ヘッジ付きも含めて、2005年から2013年までの年間平均が10兆円、この間の最大が2010年の24兆円だった。これらの数字と比べても、10兆円規模の円売り外貨買い需要というのは相応の規模といえるかもしれない。

ブルームバーグの取材に対して、米沢委員長は、「(GPIFは)公的な存在なので、市場を不必要に荒らすことだけは避けなくてはならない」と語った。GPIFが日本国債を大量に売却して、価格が急落(金利が急騰)するのは悪夢のシナリオだろう。資産構成比率の変更は時間をかけてゆっくりと進められるだろう。

同様に、外貨資産の比率を引き上げるとしても、短期間に為替相場が大きく変動するような資金フローは発生しないかもしれない。ただ、重要なのは、GPIFの運用見直しが運用成績の向上を狙いとしていることではないか。GPIFだけでなく、多くの金融機関が同様の問題を抱えており、リスク資産、とりわけ外貨資産の比率引き上げを検討しているようだ。日本からの対外証券投資が為替ヘッジなしで顕著に増加するようになれば、円の水準が徐々に下がっていくというのは十分に考えられるシナリオだろう。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクウェア・ジャパン 市場調査室 チーフ・アナリスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして高い評価を得る。2012年9月、マネースクウェア・ジャパン(M2J)入社。市場調査室チーフ・アナリストに就任。現在、M2JのWEBサイトで「市場調査室レポート」、「市場調査室エクスプレス」、「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、TV・雑誌など様々なメディアに出演し、活躍中。