夏本番を控え、今夏も懸念される高齢者の熱中症や脱水症状。毎年、注意喚起が行われるものの、熱中症や脱水症で救急搬送される高齢者は後を絶たない。体温調節などの恒常性維持機能や認知機能などの低下により、高齢者の場合は、そうした症状に自ら気付きにくいことも多い。既に脱水症状の寸前であるにもかかわらず、本人や周囲がそれに気づかず、有効な対策が取れていない“かくれ脱水”の状態であることが多い。

手遅れになれば、命を落としかねない危険な状態であるにもかかわらず見過ごされ、放置されてしまうのを防ぐために立ち上がったのが、2012年6月に医師や保健衛生関係者、により結成された教えて!「かくれ脱水」委員会だ。熱中症の原因となる脱水症状の予防や対処法に関する知識の啓発活動をWebなどを通じて行っている。

同委員会によると、“かくれ脱水”の定義は、脱水症の一歩手前で症状が出ていない状態。毎年のように夏になると、疲れやすくなったり、食欲が落ちたりといった、いわゆる“夏バテ”のような状態に陥る傾向のある人は、実はかくれ脱水である可能性があると指摘する。その理由は、発汗などで体液が減ると消化管への血流も低下し、消化吸収がスムーズに進まなくなり、栄養不足となり疲れやすくなるからだという。さらに、消化器の血液量が減ると食欲も減退するため、食欲不振から水分と電解質不足となって体液が減り、一層脱水症に近づくという悪循環に陥るというのだ。

また、脱水症というと、炎天下の野外で激しい運動や労働をした時に起きやすい症状というイメージがあるが、室内、夜間、運転中というシチュエーションこそがかくれ脱水の危険度が高いという。例えば、機密性の高い集合住宅や車内では風通しが悪くなり、汗が蒸発しにくく体温が下がりにくい。コンクリートの建物内では日中蓄えた熱が夜間になって放熱され、知らず知らずのうちに室温が上昇していることも。室内や夜間といった油断しがちなシチュエーションこそがかくれ脱水につながりやすいのだ。

そこで今回、同委員会では65歳以上を対象として「かくれ脱水チェックシート」を作成。これは、同委員会の副委員長を務める神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部栄養学科の谷口英喜教授(医学博士)が中心となり、およそ400人の高齢者を対象に行った臨床研究をもとに作成したもの。身体の 1~2%の体液が失われている状態をかくれ脱水と定義し、これまで脱水症の診断で使われていた61項目を精査し、高齢者が自己チェックできるようにステップ式でシートにまとめたものだ。

全国社会福祉協議会を通じて既に全国の300前後の自治体に20万部程度配布されているチェックシート

具体的には、第1段階として「最近、今までなかった以下のような変化がありませんでしたか?」と質問。次のような症状を並べ、1つでも当てはまる場合は、「かくれ脱水」の可能性がある、として第2段階の質問に誘導する。

・皮膚がカサつくようになった。皮膚につやがなく、乾燥している。ポロポロと皮膚がおちる。
・口の中がねばつくようになった。食べ物がパサつく。唾が少なくて、(唾を)ゴクンと飲めないことがある。
・便秘になった、あるいは以前よりひどくなった。下剤(便秘薬)を使う頻度が増えた。 ・以前よりも皮膚に張りがなくなった。手の甲をつまみあげて離した後に、つまんだ跡が3秒以上も残る。
・足のスネに“むくみ”がでるようになった。靴下のゴムの跡が、脱いだ後に10分以上も残る。

2番目の質問では、「日当りの良いところ、または屋外にいる時間が長い(目安は1時間以上)」、「普段よりも集中力が低下している(例:落ち着かずイライラしたり、昼間までも眠りがちだったりする)」、「トイレが近くなるため、寝る前は水分補給を控える傾向がある」、「冷たい食べ物(例:氷・アイスクリームなど)や冷たい飲み物を好むようになった」、「利尿薬を内服している(ダイエット薬に含まれている場合も該当」の5項目のうち1つでも当てはまれば、「かくれ脱水」の可能性が高いとしており、最終的に、かくれ脱水の可能性を4段階で診断する。

同委員会によると、こうした自己チェックシートを作成した理由として、「はい」か「いいえ」で答えられる具体的な例を示してあげると高齢者にはわかりやすいからだという。例えば「日当りの良いところ、または屋外にいる時間が長い(目安は1時間以上)」など、具体的な数値を示されることで、曖昧な感覚ではなく、より論理的に答えることが可能なのだ。

同委員会では作成したシートを、現在、希望する社会福祉法人全国社会福祉協議会などを通じて、全国に配布している。既に各地域の民生委員の高齢者の訪問時や主催する高齢者向けのイベントなどを通じて、20万部ほどが配られているという。

例えばその一例が埼玉県志木市で行われている“いろはカッピー体操教室”。市内在住の65歳以上で要支援・要介護の認定を受けていない高齢者を対象に主要公共施設や地域の集会所などで“いろはカッピー体操”と呼ばれる介護予防の体操をボランティアが指導している。

埼玉県志木市の志木市総合福祉センターで開催されている“いろはカッピー体操教室”。専門家と協力して市が独自に考案した介護予防のための“いろはカッピー体操”を週に1回のペースで行っている

このほど志木市総合福祉センターで行われた“いろはカッピー体操教室”で、チェックシートが配られ、「漠然と喉が渇きやすいか?と訊かれると、そうでもないような気がしたりして自分でもはっきりわかりにくいことが多いが、具体的に例を挙げて訊かれるとわかりやすい」などの声が参加者からは聞かれた。

配られたかくれ脱水予防シートを手に熱心に説明に聞き入る参加者たち

ハンディタイプの冊子に書かれている項目を3ステップで答えるだけで、かくれ脱水の危険度が判定できる

また、かくれ脱水の予防に最適とされる経口補水飲料も配られ、「少し塩味が強めの飲料だが、これがしょっぱいと思うかどうかがかくれ脱水の目安。美味しいと感じれば、それだけ塩分などの電解質が体内から奪われている証拠なので注意してください」と説明。すると「こういった飲料は飲みすぎても大丈夫なのか?」などの質問をする参加者も見られ、かくれ脱水に対する自己防衛への積極的な関心が伺えた。

参加者には、かくれ脱水予防に効果的な飲料として経口補水飲料が合わせて配られた