避妊手術は本来、猫が繁殖し数が増えるのを防ぐための手術です。最近では完全室内飼の猫が増え、交尾する可能性が無くても、性ホルモンに関係する問題行動をなくしたり、乳がん等の病気の予防をするために手術を受けることが一般的になってきました。

しかし避妊去勢手術には、リスクやデメリットもあります。愛猫に避妊去勢手術をうけさせるか否かで悩んでいる方も多いのではないでしょうか。今回は、避妊・去勢手術のメリットとデメリットをご紹介します。

(画像は本文と関係ありません)

避妊手術のメリット

(1)殺処分される猫を減らす

猫は非常にかわいい動物ですが、猫が嫌いな人もいます。残念ながら日本では約12万匹(平成24度)もの猫が毎年殺処分されています。その多くは幼猫です。

「同居猫と繁殖して飼いきれなくなった」、「ノラネコが増えてうるさい」等の理由で殺処分される猫を少しでも減らすため、妊娠する可能性のある猫(多頭飼いや、外飼い猫)は必ず避妊去勢手術を受けて下さい。

(2)病気の発生率が下がる

■乳がん
猫の乳腺にできるしこりは9割が悪性の乳がんだと言われています。猫の乳がんは転移、再発率が高いため、早期に発見して手術をしても予後が悪い病気です。

ある研究では避妊手術を受けていない猫は、避妊手術を受けた猫と比較して7倍乳がんにかかる可能性が高いと報告されています。

避妊手術による乳がん予防効果は、早い時期に手術を受けた猫の方が大きいことが分かっています。そして1歳を超えてから避妊手術をうけても乳がんの発生率は避妊手術を受けていない猫と殆ど差がなかったという報告もあります。

乳がん予防を目的に手術する場合はできるだけ早く、できれば発情がくる前に手術をうけると良いでしょう。

■子宮蓄膿症
子宮蓄膿症は子宮に膿が溜まってしまう病気です。命に関わる病気で、緊急手術が必要なこともあります。黄体ホルモンの分泌が関与していると考えられており、避妊手術をすることで発生率を下げることができます。

■その他 生殖器の病気
その他に、卵巣がんや、精巣がん等は避妊去勢手術を行うことで発生しなくなります。卵巣がん、精巣がんは、猫では稀ですが、これらも避妊去勢手術のメリットといえます。また猫は犬に比べて性ホルモンの影響による前立腺の病気も少ないです。

(3)性ホルモンに関する問題行動を抑える

問題行動とは、飼い主にとって好ましくない行動をここでは指します。例えば発情期に甲高い声で鳴く、尿によるマーキングをすることなどです。これらの行動は猫にとっては当たり前の行動であり、猫に悪意はありません。なので尿スプレーをしたからといって叱ってはいけません。

しかし、毎日ベッドに尿をされたり、発情に伴う夜鳴きで近隣から苦情が来ると一緒に暮らすことが困難になります。私も学生時代に飼っていた猫が毎日押し入れに尿をしてしまい、頭を悩ませた経験があります。

特に雄猫の尿スプレーは去勢をすると90%は改善しますが、残りの10%は続くといわれています。なので、可能であれば尿スプレーが始まる前に去勢手術を行うことをお勧めします。

避妊去勢手術のデメリット

(1)子供が産めなくなる

当然ですが、繁殖能力を失います。

(2)太りやすくなる

避妊去勢手術をすると太りやすくなる原因は、食欲の増加、活動性の低下、そして安息時の代謝率(横たわっているだけで心臓を動かす、体温を維持するため等に消費するカロリー)の低下であるといわれています。

避妊去勢手術を行うと食欲が増加する理由は、正確には解明されていません。他の動物の研究で卵胞ホルモンが食欲を抑制する可能性があることから、猫でも性ホルモンが食欲と関係しているのかもしれません。

ただし、このデメリットは飼い主さんがフードの量を適切に調整することで防げることです。

(3)手術と麻酔のリスク

避妊去勢手術は通常健康な状態の猫に行われる手術であり、複雑な手技を必要としません。手術時間も雄猫なら5分以内、雌猫でも15~30分程度です。そのため、他の手術と比べて手術リスクは低いといえるでしょう。

しかし手術を行うためには全身麻酔をかける必要があります。そして100%安全な全身麻酔は存在しないのです。

猫の麻酔リスクに関する論文はいくつか発表されており、近年の大規模な調査では2007年にイギリスから報告された論文があります。

この論文では猫に麻酔をかけた79,178例の統計をとっています。この中で健康または軽度の全身疾患を持つ猫の麻酔中の死亡率は0.11%であったと報告されています。

この論文では、イギリス全土の動物病院のデータを集計しているため、猫のプロフィール(年齢や品種等)、麻酔方法、麻酔モニター設備、麻酔目的(内視鏡、歯石除去、避妊去勢から大きな手術まで)等はバラバラです。

では、健康な若い猫を避妊去勢手術する場合の麻酔リスクはどのくらいあるのでしょうか? 上記の論文の数字よりは低くなるでしょう。上記の条件の中には、健康な猫だけじゃなく軽度の全身疾患を持つ猫、高齢な猫、麻酔時間が長い処置を行った猫など、避妊去勢手術の対象となる猫よりも、麻酔リスクが高い猫での例を含んでいるからです。

上記の数字はあくまでイギリスでの報告であり、参考のために紹介しましたが、他にも様々な報告があります。避妊去勢といえど全身麻酔が必要な手術である、ということを理解してから手術を受けることが大切です。

その他避妊去勢手術のまつわる良くある質問

■去勢すると尿管が細くなる?
雄猫が早期に去勢手術を受けると尿管の発達が悪くなり、尿路結石が詰まりやすくなるという話が昔からありますが、未だに科学的な裏付けはとれていません。

■寿命が延びる?
アメリカ全土に展開する大手動物病院であるバンフィールドペットホスピタルが460,000匹の猫の平均寿命の統計データを2013年に報告しています。この報告によると去勢手術をうけた雄猫は未去勢の雄猫より平均62%、避妊手術をうけた雌猫は未避妊の雌猫より平均39%長生きしていることがわかりました。

ただし、統計の解釈には注意が必要です。他の要因、例えば飼育環境、予防接種の有無、食生活等も平均寿命に大きく関係しているからです。

避妊去勢手術をうけた猫と、うけていない猫を全く同じ環境で飼育し平均寿命を比較しないと、避妊去勢手術による延命効果は明らかになりません。避妊去勢手術をうけた猫の方が、室内飼いや予防接種を受けている割合が高いと、飼育環境やワクチンのおかげで平均寿命が伸びている可能性があるからです。

ただ、それらを差し引いても、単純に病気が減ること、発情期に伴うストレスが無くなることから避妊去勢手術をした猫の方が長生きをしている印象を受けます。

■性格が変わる?
猫の性格の変化を客観的に評価することは非常に難しいですが、術後おおらかな性格になったと飼い主さんから聞くことがあります。これは発情行動が抑えられることでおおらかになったと飼い主さんが感じている可能性もあるでしょう。

また、避妊去勢手術のタイミングが仔猫から成猫への成長期と重なるため、単純に大人な性格に成長し、やんちゃな行動が減ったからおおらかになったと感じると考えることもできます。

その猫ちゃんの根本的な性格や記憶は変化しないので、避妊去勢手術で全く別の猫になってしまうことはありません。

まとめ

外に出る猫、雌雄で多頭飼いをしていて繁殖目的ではない猫は必ず避妊去勢手術を受けましょう。それは近隣に迷惑をかけないため、殺処分されてしまう猫を減らすためです。

繁殖する可能性がない環境で猫を飼っている場合はメリット、デメリットを理解した上で避妊去勢手術をうけるか決めましょう。手術をしない選択をした場合は、脱走してノラネコ化しないように厳重に注意して下さい。また、将来的に問題行動がひどいからといって猫を手放すことがないようにして下さい。

猫ちゃんと飼い主さんの関係は十人十色です。避妊去勢手術に限らず、飼い主さんの納得のいく選択をすることが、猫との幸せな生活を過ごすために大切なことだと思います。

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■著者プロフィール
山本宗伸
職業は獣医師。猫の病院「Syu Syu CAT Clinic」で副院長として診療にあたっています。医学的な部分はもちろん、それ以外の猫に関する疑問にもわかりやすくお答えします。猫にまつわる身近な謎を掘り下げる猫ブログ「nekopedia」も時々更新。