夫の頭の回転の速さと饒舌ぶり、仕事ではよくても家庭では…

結婚して3年目になる33歳のMは、一流大学を卒業後、ある有名企業の花形部署に勤務する多忙なビジネスマンだ。勤務態度も良好で、能力も高いため、当然業績はトップクラス。上司からは頼りにされ、部下からは尊敬され、しかもなかなかのイケメンのため、女性社員からの人気も高い。表向きは、特に大きな欠点のないデキる男に見える。

したがって、Mの妻は友達からいつも羨望の眼差しを向けられている。Mは社交的な性格で、口も達者なため、妻の友達との付き合い方もソツがない。よって、Mに対する周囲の評価は今も昔も上々で、まさに理想的な夫だと思われているのだ。

ところが、当の妻はそれによって鼻が高くなるわけではなく、かえってMに対すイライラが募ることもあるというから、夫婦とは不思議な関係だ。妻にしてみれば、そんなMの完璧ぶりが少し鼻につくらしい。傍から聞いていれば、なんとも贅沢だと思うかもしれないが、実際にそういう気持ちになってしまうのだからしょうがない。

妻のイライラは、主にMの頭の回転の速さと饒舌ぶりに向けられている。そういったMの特性が彼の仕事においては有効に機能しているのだろうが、それが家庭内でも発揮されたら妻としてはたまらない。妻曰く、とにかくMは何事においても抜け目がなく、たとえば夫婦間でちょっとした口論になると、ほぼ間違いなく自分が言い負かされるという。

「なんであなたは残業ばかりするの?」--その答えが正論すぎて…

それは、妻がMにひょんな不満を漏らした夜のことだった。

当時、Mはいつにもまして仕事が多忙を極めており、毎日のように残業で帰りが遅くなっていた。もちろん、それが仕方のないことなのは妻も十分わかっているのだが、それでも理屈抜きで寂しさが募り、ついつい夫に不満をぶつけてしまう。

「なんであなたは残業ばかりするの? 家庭より仕事のほうが大事なの?」

妻にしてみれば、自分が子供みたいな駄々をこねていることはわかっていた。わかっていたのだが、それでも言葉に出さずにはいられなかった。ただ、自分の寂しさをMに知ってもらい。自分の気持ちを受け止めてもらいたい。

もしかしたら、それによってMが少し困惑するかもしれない。しかし、そうやって困惑してくれれば、彼にとっての自分の存在の大きさを認識することができる。愛する人を自分の事で困らせてみたいと思うのは、複雑な女心のひとつなのかもしれない。

ところが、一方のMはそれくらいで困惑するようなタマではなかった。生来の頭の回転の速さと弁舌の巧みさを生かして、さらっとこう回答したのだ。

「仕事なんかより、おまえのほうが大切に決まっているだろう。残業しないと、日曜も出勤になって、おまえと一緒に過ごせなくなるから残業するんだよ」

そう言われると、妻はなにも言い返せなくなった。あまりに完璧すぎる正論だったからこそ、それを突き付けられるとグウの音も出なくなる。妻はただひたすら、不毛な質問をした自分を恥じた。なんとなく自分が情けなくなった。

「私と友達どっちが大事なの?」--またしても、答えが正論すぎる…

また別のある日、妻は「私と友達どっちが大事なの?」とMに訊いたこともあったという。その当時のMが友達付き合いばかりを優先しており、妻との外出の約束を何度か連続してキャンセルしたからだ。

すると、これに関してもMはさらっと答えた。

「もちろん、おまえに決まっているだろう。友達なんか、しょせんずっと友達のままだけど、おまえとは友達から始まって、恋人になって、今は家族にまでなったんだから」

またも、とてつもない正論である。このときも妻はなにも言葉が出てこなくなった。妻にしてみれば、寂しさのあまり、ただMに不満をぶつけたかっただけ、いや、Mを少し困らせてやりたかっただけなのだが、当のMは一切困惑する様子を見せず、返す刀で完璧な回答を発してくるから、なんともやりきれない気持ちになってしまう。

妻の不満に対して見事に切り返す夫--でも冷静に考えると…ただの屁理屈?

他にも、Mが多忙な日々のせいで妻の誕生日を忘れてしまったことがあり、その数日後に妻が誕生日の件を問い詰めたときも、Mは涼しい顔だった。

「誕生日なんてミミズにでもある。それより僕らが生きている今日をお祝いしようよ」

そう言って、すぐに外食に出かけ、高価なフレンチを二人で食べたという。

要するに、Mは一事が万事この調子なのだ。とにかく妻の不満に対して困惑したり狼狽したりすることがほとんどなく、いつも巧みな言葉で切り返してくる。あとあと冷静に考えてみると、それが正論を装った屁理屈であることはすぐにわかるのだが、それを言われた瞬間の妻はただでさえ感情的になっているためか、その感情を軽くいなされた気分になり、言葉が出てこなくなる。だからこそ、あとになってイライラしてくるのだ。

一般的に、妻が夫に不満をぶつける場合、いつだって完璧な答えを求めているとは限らない。時には夫を愛するあまり、わざと理不尽なことを口にして夫を困らせてやりたいという、妻の悪戯(いたずら)心が働くことだってあるだろう。そういうとき、夫の頭の回転が速すぎたり、饒舌すぎたりすると、不満を口にした妻は肩透かしを食らった格好になり、かえって気分が悪くなったりするものだ。これもまた、夫婦関係の複雑なところである。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち)
小説家・エッセイスト。1976年大阪府出身。早稲田大学卒業。『神童チェリー』『雑草女に敵なし!』『SimpleHeart』『芸能人に学ぶビジネス力』など著書多数。中でも『雑草女に敵なし!』はコミカライズもされた。また、最新刊の長編小説『虎がにじんだ夕暮れ』(PHP研究所)が、2012年10月25日に発売された。各種番組などのコメンテーター・MCとしても活動しており、私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。

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