7月20日より公開となるスタジオジブリ最新作『風立ちぬ』の中間発表会が6日、都内スタジオで開催され、鈴木敏夫プロデューサーと、本作でヒロインの里見菜穂子の声を演じる女優の瀧本美織が登壇した。

瀧本美織と鈴木敏夫プロデューサー

鈴木プロデューサーはまず、『風立ちぬ』の製作進行状況について、「現在は絵の作業が終わっており、音の作業をしているところ」と報告。特に本作は戦闘機などの音を人間の声で作ったり、音声をあえてモノラルで録音したりと、音にこだわった作品になっていると説明した。

人間の声で効果音を作るという試みは、宮崎監督の発案だ。アニメは実写と違い、劇中の音を後から作る必要がある。それ故にだんだんと神経質になってしまい、本物の音を再現する方向にエスカレートしてしまうのだ。

鈴木プロデューサー:「本物の音を再現することにどれだけの意味があるのか。大事なのはそれらしく聞こえること。そうしたら宮さん(宮崎監督)が声で効果音をやろうって言うから、賛成したんです。ところが、次に宮さんが言ったのは『俺と鈴木さんの2人だけでやろう』と(笑)。僕も口で音を作るというのは嫌いじゃないんだけど、音の専門家に話したら、まず我々がやりますからというので結局お任せしたんですよ」

アイディアが出たら外注するよりも先に自分たちでやってしまう。そうしたスタジオジブリの仕事の進め方について、鈴木プロデューサーは"家内制手工業"に例えている。

鈴木プロデューサー:「重役会のシーンのアフレコで、宮さんが気に入らないから録り直そうと言い出したんですよ。『鈴木さん、一緒に行こう』と言われて、2人でマイクの前に立って(アフレコを)やってみたのですが、音の責任者から却下されてすごすごと引き下がったということがありましたね(笑)」

二人のトークに報道陣からも爆笑が

そうやって宮崎監督ならではのこだわりをもって製作された『風立ちぬ』だが、当然"音"といえば声優によるアフレコも重要なポイントだ。スタジオジブリは専門の声優ではなく、俳優を声優として起用することで知られているが、今回はなんと主役の声を『新世紀エヴァンゲリオン』などで知られる庵野秀明監督が演じる。先日発表されたこのサプライズなニュースはネット上で大いに話題を呼んだ。

ヒロインの里見菜穂子役に抜てきされた瀧本美織は、庵野氏とのアフレコについて次のように振り返った。

アフレコに臨む庵野氏

瀧本:「監督が2人いらっしゃったので、どっちの言うことを聞いたらいいんだろうって。だって2人とも指示を出すんですよ(笑)」

スタジオジブリのアフレコは、地下のスタジオで行われる。その際、宮崎監督は一つの上の階のコントロールルームから指示を出すのだが、今回は宮崎監督がOKを出すより早く庵野氏が先にOKを出してしまうという珍場面もあったのだとか。そんなことが何度もあったからか、宮崎監督は途中から庵野氏のことを"下の監督"と呼ぶようになったという。

また、今回はジブリ作品としては珍しい主人公の二郎と菜穂子のキスシーンがあり、庵野氏と一緒にアフレコに臨んだという瀧本美織は、「台本もらったときにキスシーンがあることにびっくりして、緊張するかなと思ったんですけど、すんなりキスしちゃいましたね(笑)」と笑顔を見せていた。

ポスタービジュアルの解説をする鈴木プロデューサー

そんな瀧本美織がヒロインに選ばれたきっかけは何だったのだろうか。実は、オーディションの際、瀧本美織の声質は宮崎監督がイメージする菜穂子のものとは違っていたのだという。鈴木プロデューサーに言わせると、そもそも宮崎監督という人物は「ヒロインの声にこだわる人で、この世には存在しないような声質の人を求めている」のだ。

しかし、高畑勲監督が瀧本美織を熱烈に推したことと、何よりも彼女の演技力がすばらしかったことが起用の決定打となった。さらに、アフレコでは驚くべきことが起こった。なんと、瀧本美織の声質が菜穂子にぴたりと合ったものに変わったのだ。これには宮崎監督も大いに喜んだという。

今日の衣装は自らが演じる菜穂子を参考にしました

この日の発表会ではマスコミ向けに4分間の特別映像が公開されたのだが、その中で気になったのが関東大震災を描いたシーンだ。1920年代から戦時中までの日本を描いた本作に震災のシーンが登場するのは不思議なことではないが、この時期にあえて震災のシーンを入れることには何か意図やメッセージがあるのだろうか。この質問に、鈴木プロデューサーは「どこかで言わないといけないことなんだけど」と前置きした上で、次のように語った。

鈴木プロデューサー:「この企画が動き始めたのが2010年。やろうと決断したのが同年12月でした。年が明けて2011年から絵コンテを描き始めたのですが、関東大震災の最中にちょうど二人が出会うシーンを描き上げたのが、2011年3月10日だったんです。その後、震災が起きたことで、さすがに宮さんもこのシーンをそのまま出していいのかどうか悩んでいました。しかし、僕はそういうこと(震災)が起きたからといって、手心を加えるのは違うんじゃないかと思うんです。映画は時代の影響を受けるものだし、逆に映画が時代を作ることもある。だからといって、あまりそのことにとらわれすぎるのはおかしいですから」

そうした思いから、震災を描く形で完成した『風立ちぬ』。本編を見た鈴木プロデューサーは、本作を「宮崎駿監督の遺言では」と大胆に予想する。その理由は、本作の裏テーマにあるという。

『風立ちぬ』のポスター

鈴木プロデューサー:「空や飛行機に憧れた少年が設計士になって、でも作らないといけない飛行機は戦闘機である。それを彼はどんな気持ちで作っていたのか。じゃあ民間機ならよかったのかというと、そういうことでもないだろうと。宮さんはこの映画の裏テーマで、『仕事とは何か』を問いかけているんです。カプローニというイタリア人が出てくるんですが、彼が何度も『力を尽くして生きなさい』と繰り返します。この言葉は旧約聖書から引っ張ってきたもので、元は「すべて人の手にたうることは力を尽くしてこれを成せ」というもの。宮さんはこの言葉に感化されんじゃないかと思います」

戦争という激動の時代を生き抜き、後に伝説となる戦闘機・零戦を生み出した堀越二郎。そして薄幸のヒロイン、里見菜穂子。二人の人生と愛を描いた宮崎駿監督作品『風立ちぬ』は、7月20日より全国公開となる。

(C) 2013 二馬力・GNDHDDTK