「焼き物のまち」として有名な愛知県瀬戸市。今では陶磁器の焼き物のみならず、「瀬戸焼きそば」という焼き物が注目を集めている。そもそも焼きそばというと富士宮や横手などご当地グルメの定番中の定番だ。そんな激戦区でB級グルメ界の覇権を虎視眈眈と狙っている瀬戸焼きそばとは、一体どんな商品なのか。
スタミナ食を好んだ瀬戸ならではのグルメ
向かった先は、瀬戸焼きそばを最も愛する男・八方寅之祐氏が総大将として営む「八方招き」。店長の藤田孝作さんに話を聞いてみた。
まず、この瀬戸焼きそばのルーツから。時代は昭和30年代にさかのぼる。「瀬戸市の中心街に深川神社って神社があります。ここの参道沿いの飲食店で提供されていた焼きそばが、瀬戸焼きそばの元祖と言われています」。
深川神社と言えば、瀬戸の焼き物の祖と言われる加藤四郎左衛門景正(藤四郎)氏を祀る神社だ。要するに、瀬戸の焼き物の神様がおわす聖地である。
瀬戸焼きそばの特徴はいくつかあるが、その最たるものは、味付けにソースではなく醤油ダレを使うことにある。しかもただの醤油ダレではない。豚肉を茹でた茹で汁と合わせた、動物エキスたっぷりでコク満点の醤油ダレなのだ。しかし、どういう経緯でこの味が生まれたのだろうか。
その背景には、高度成長期の陶磁器産業の影響がある。 昭和30年代と言えば、高度成長期の波にのって陶磁器産業が絶好調な頃だ。瀬戸物作りの職人たちは力仕事が多く、当然のように肉料理やホルモン料理などのスタミナ食を好んで食べた(瀬戸市内には、今も焼き肉店や精肉店が多い)。
そして豚肉料理を作る過程でできた煮汁を、焼きそばに応用したのだ。「そんな昭和の庶民料理だから、具材も基本はキャベツと豚肉のみといたってシンプルなのが、本来の瀬戸焼きそばの姿なんです」と、藤田さん。
豚エキスたっぷりの醤油ダレが麺に浸透
では早速、作る工程をのぞかせてもらおう。使われるのは中太の蒸し麺だ。何でも、瀬戸焼きそばの定義のひとつとして、蒸し麺を使うべしと定められているという。分厚い鉄板に麺をバラバラと載せ、豪快に炒める。そして上から醤油ダレをかけて、蒸し焼きにするのだ。じゅーーーーぅ、実にイイ音!
実はこの工程が重要で、醤油ダレのエキスが麺にじわじわ浸透していくのだ。さらに、ココからが腕の見せ所。大きなコテで何度も何度も、麺を宙に浮かせては麺をほぐしていくのだ。次第にチリチリという音が聞こえてくる。麺の表面の水分が飛ばされて、香ばしさがドンドン増していくという。
できたての瀬戸焼きそばは、当然アッツアツ。麺に吸われた醤油ダレの深いコクとうまみに驚かされる。ともすれば平板になりがちな醤油味に、豚のエキスが濃厚に凝縮されているのだ。これならビールのつまみにもいい。
なお、この店の豚肉は醤油ダレに漬け込んだ豚コマを使っているので、より味に奥深さが加わっている。ちなみに露店販売などの特殊な場合を除き、瀬戸焼きのお皿を使うこともルールになっているそうだ。
この瀬戸焼きそば、アツアツでうまいのは当たり前。しかしウリは「冷めてもうまい」ということなのだ。ソース味に比べて、醤油味は冷めても口にべとつかない。水気を飛ばしているから、冷めてダンゴになることもない。
藤田さんは「例えばB-1グランプリの場合、お客様にアツアツでお出しするのは不可能だと思うんです。極端に言えば、冷めた状態での勝負になります。ですから冷めてもおいしいっていうのは、すごいアドバンテージだと思うんですよね」と、控えめながらも自信に満ちた口調で語った。
なるほど。確かにそれは近い将来、 焼きそば界のリーダーとなるのも夢じゃないかもしれない!?
●information
八方招き
愛知県瀬戸市栄町45パルティせと1F