安倍晋三首相が唱える経済政策、いわゆる「アベノミクス」は、もはや流行語ともいえるほど、ニュースで見ない日はないと言っていいぐらいだ。だが、「アベノミクス」でなぜ円安・株高になったのか、「アベノミクス」とは何かについて、きちんと理解している人は少ないのかもしれない。今回は、シティバンク銀行アナリストの尾河眞樹氏に、なぜ円安・株高になったのか、「アベノミクス」によって今後日本経済はどうなるかについてお聞きした内容を紹介したい。
インフレターゲット・量的緩和で大量の円を市場に供給
――早速ですが、安倍晋三首相が自民党総裁に選ばれてから、さらに安倍政権が発足してからも、円安、株高が進んでいる理由についてお聞かせいただけませんでしょうか。
安倍首相が首相になる前の11月15日、「自民党が政権をとった暁には、2%~3%のインフレターゲットを設けて、円高是正、デフレ脱却に向けてできる政策を総動員する」と発言しました。この意味するところは、物価がどんどん下がる、企業利益が悪化する、株が下がる、給料が下がる、物が売れない、景気が悪い、という状況から脱却するためには、何でもやるということをおっしゃったわけです。
当時、日米の金利差で見るとそこまで円安が進む状況ではなかったのですが、想定外の円安トレンドが始まりました。さらに衆院選後の12月16日、安倍政権が発足。1月はまだ日銀総裁は白川方明さんでしたが、日銀と政府がインフレターゲットを設けて、政府も日銀も一丸となって頑張るという共同声明を出しました。インフレターゲットをそこまで明確に協調して進める体制ができたというのは初めてだったのです。
白川総裁の退任表明後の総裁人事では、インフレを起こしてデフレから脱却していこうという黒田東彦さんが総裁に、また、副総裁にもそういった考えを持つ方が就任しました。基本的に、インフレを起こすということは通貨の価値が下がっていくということですから、日銀がどんどん量的緩和を拡大していくということになると、円が大量に市場に供給され、円安が進むことになります。
――日銀がインフレターゲットを設けて、円を大量に市場に供給する、そういう環境を安倍首相が作ったわけですね。それで円の価値が下がり、円安になったと。
実は円安が進んだのは、米国の状況もあります。これまで米国はリーマンショック以降、QE1、QE2、QE3という量的緩和を実行しましたが、そのときに米ドルに何が起こったかというと、ドルが市場に大量に供給されて、大量に供給されたドルの価値は下がったわけです。
ですが、今年の1月になり、米国の景気が予想より良かったこともあり、12月に行われた政策会合(FOMC)で、このまま資産購入、量的緩和を続けていくことについて疑問視する声があったようです。ということは、米国が今までのようなペースで、少なくとも量的緩和を続け、市場にドルを供給するのは、今年の後半にもやめていくのではないかという見方になってきたわけです。ということは、米国がドルの大量供給をやめていく一方で、日本はどんどん供給していくと言っているわけですから、円の価値がドルに対して下がっていくだろうという見通しの元、円が売られてドルが買われているのが現状です。
――なるほど、米国の政策変更の可能性も織り込んだ上で、円安が進んできたということですね。
ただ、ここまでくるとは正直予想していませんでした。昨年は予想変動率も比較的低くく、80円ぐらいでの推移が長かったのですが、それが安倍首相政権に代わったことによって、今年の年初は86円ぐらいでスタートしました。それが今100円近くになっている状況は、日本の要因もさることながら、米国の要因もあるということです。加えて、4月2日、3日に、日銀が新たな政策を黒田新体制のもとで決定しましたが、緩和のアクセルの踏み込み具合というのは、一般の方だけでなく、市場関係者が常識的に思う範囲を大幅に超えていたわけです。
金額も非常に大きかったですし、国債の買い入れる期間というのも、今まで2~3年のものを買ったり、一部中期国債をオペレーションで買っていたりしていたわけですが、40年債という長いものまで買い入れるということが決定されました。日銀としては、リスク資産を購入し、長期的なところまで日本の金利を下げるという政策なんです。そうすると、日本の機関投資家や生損保、銀行などにとって運用する先が日本国債ではなくなるという状況になり、もう少し金利が付く外国債券や株式に資金が流れやすく、よりリターンの高い運用先にお金が向かいやすくなるような環境(これをリスクオンといいます)になっているところです。そうすると、国外にお金が向かいやすくなりますから、円安が進みます。
最初の質問に戻りますが、安倍政権が誕生してなぜ円安になったかというと、「アベノミクス」の政策がそもそも円安的であるということと、米国の出口政策が近づいているということ、それに加えて、安倍首相が選んだ黒田日銀総裁の政策がかなり思い切っていたということに尽きます。
お茶の間でも分かりやすい、黒田日銀総裁の金融政策
――わかりました。安倍首相の発言もさることながら、黒田総裁の政策のインパクトが決定打になったというか、それほど衝撃的なものだったわけですね。
就任された直後ということもあって、国会やいろいろな場面で事前に黒田さんがご発言される機会が非常に多かったので、市場の期待は政策発表前の段階で相当高まっていました。そもそも、以前、リスク資産を買い入れることは難しいと言われていたにもかかわらず、リスク資産を買うという話が突然出回って、ETFを含むリスク資産を買い、さらに、期間の長いものを買って量も増やすということは事前に相当期待されていました。マーケットでは、こうした状況を"折り込み済み"と言いますが、そういう状況だったので、その期待を裏切らない、もしくは期待を超えることするということは難しかったと思います。
ですが、黒田総裁は有言実行で、我々が想定していたよりも緩和の規模が大きかったということに加え、分かりやすさという面でも、市場参加者のみならず、一般の人がワイドショーで報じられてもわかるような政策を示しました。
学者肌だった白川前総裁に比べ、今回の決定は非常にシンプルでした。2年で2%のインフレターゲットを達成するために、マネタリーベースという日銀の資金供給量を2年で倍にし、保有資産も国債もリスク資産も2年で倍にすることを決定しました。このように、「2年でインフレ率2%、マネタリーベース2倍」というように「2」という数字にこだわったことで、一般の人でも、「日銀はすごいことをやっているんだ」ということを分かりやすくしているというのが非常に大きなポイントです。規模、発表方法などあらゆる面で市場関係者の想定を超えていたので、これだけマーケットが反応したということです。
――マネタリーベースとか、市場に資金を供給するとか、そういうことを、普通の人でも理解できるようにプレゼンしたというのが大きかったということですね。
余談になるかもしれないのですが、何が問題かというと、日米ともにほぼ政策金利がゼロなんです。日本は今回「政策金利」という考え方自体取っ払ってしまいました。金融政策を実行するといった時にこれ以上金利を下げられない。金利を下げられなくなった時にどうするのかというと、どれだけ資金を供給するかということで、米国ではバーナンキさんがとても上手だったので、大規模に実施し、さらにQE3を決定したときには無期限に資産を買い入れるというスタンスを見せました。
日本も同じ事を今までちょっとずつやっていたのですが、黒田総裁は、それを今回は大々的に実行すると発言しました。なぜかというと、政策金利は動かせないので、市場の期待に訴える政策です。インフレターゲットは意味はあるのかと思う人がいるかもしれませんが、なぜインフレターゲットを設けるかというと、インフレ期待です。今後物価が上がっていくという期待を保たせることによって、それで市場に、価格が上がるんだったら早めに買っておかなければいけないということを思わせるわけです。これから景気はよくなるのかな、投資した方がいいのかなと思うところがすごく大事なので、黒田総裁は、ああいったわかりやすいプレゼンをしたのだと思います。