そのあたりが伺い知れるエピソードが、安田が後悔として語った「オーバーマンのオーバーコートというものを考えておきながら、着替えをなぜやらなかったのか、10年前の自分を殴りたい」と告白した時だ。これに対し、富野総監督は「さっきそれを楽屋で言われて、当時そういうことをまったく意識しないで演出していた富野というのはどうしょうもない奴だなと思いました。でもそういうのはこう使うんだとコンテを出してくれないと。こっちは新しいものを受け入れる余地のない頭の固い年寄りなんだから! 青少年が教えてくれないとダメ」と指摘。安田は次あったらそうしますと答えていた。大河内も勝手にオーバースキルを脚本段階で入れ込んだり、隣のデスクに陣取ったりと遠慮しなかったことを、「(富野総監督を)尊敬して遠ざけちゃいけないと思った」と語る。富野総監督は言う。

富野総監督:「キャリアや年功序列は関係ありません。でもそう思っていても、人間はどうしても年功序列が出てしまいます。でもそれだと"今の時代に対応できる私"というのができないので、気をつけなければいけない」

長く現役で居続けるための、同時に年齢差のある者同士が一緒にするためのヒントである。が、富野総監督も当時の大河内の脚本に対し「お前は本当にヘタだなあ……」とだけ言って去っていかれて大河内が泣きそうだったと語ると「その話は嘘だと思います(断言)。60を過ぎた年寄りが若いスタッフにそういう失礼なことをするわけがない」と言い、でも結局この場で謝るという一幕が。頑固さもありつつ、ちゃんと頭を下げられるというのは、難しいだけにちゃんと気をつけて、心がけていきたいものだ。

エクソダスの重みとアニメ史における位置づけ

安田はキングゲイナーで変わったこととして、「長年務めた会社(カプコン)をエクソダスしました」と笑いを誘う。そこで富野総監督はエクソダスというものについてこう語る。

富野総監督:「当時、エクソダスというものに対して自覚が足りなかった。だけど30代、40前後の一番人生がブレる時期の人たちにとってエクソダスという言葉は重みのあるものだった。アニメだってリアルへの影響力があるのだということは、死ぬまで気をつけます」

古来の武士や終身雇用が成り立っていた時代においては一所懸命という言葉があり、ひとつの組織に誠心誠意尽くすことと、その見返りとして安定を得る、という生き方があった。しかし今は大企業も平気で潰れたり合併で消滅したりする。それと心中してはいけない時代なのだ。『キングゲイナー』が放映された2002年は、ちょうど小泉内閣が非正規雇用の拡大政策を実施した頃で、契約社員や派遣社員が増えた時期でもあった。人と組織の在り方が変わっていった時代において"エクソダス"=脱出というキーワードを中心に据えた感性は、やはり富野由悠季は時代を正確に捉えていたと言わざるを得ない。

そして今も30代、40前後が一番人生がブレる、とその年代になれば安定しているだろうと勘違いしている者たちへの強い警告をアニメで発することができる、希有な才能であろう。このことは「大人はアニメなんかさっさと忘れなさい」という富野総監督のかつての持論と反する。これはそういう表現がアニメというジャンルで可能となってきた、という変化であるかもしれないし、これまで主に子供向けに作ってきたものと『キングゲイナー』は違っていたということなのかもしれない。そして我々は知っている。ずっとアニメを「子供だまし」とは違う何かにするべく誰よりも必死にやってきたのは富野由悠季という人物であるということを。

さらに富野総監督は「僕はもう変わらない。先に死ぬぞ!」と手を挙げてアピールしたり、「(自分の生き方が)誰かの参考資料になるように、分かりやすく死んでいきます」「やりたいことはもうありません。仕事やりたくない。楽したい」などと不穏当な発言を連発。しかしそれを司会に「それは今、大変な仕事をやってらっしゃるからですよね?」と突っ込まれていた。そう、新作を製作中なのだ。それが何かはまだ明かされていないがこれだけは言える。富野由悠季は今もギラついている。才能を潰すほどに絞り出したエキスで何かを作ろうとしている、そのスタンスはまったく変わっていない。まさに「僕は変わらない」である。

最後に富野総監督はこう述べている。

富野総監督:「今のアニメのキャラクターからみても、『キングゲイナー』のキャラクターは古典的というだけではなくて、今一番忘れられていることをやっている。キャラクターの凄さというものに舌を巻いています。それを(そこそこ歳のいった)皆さんだけでなく、次の世代に伝えていってもらいたい。ここ2~3年で流行っているものだけではない、こういうものがあるんだということを……そのうえでおじさんとして言わせてもらう」(とアナ姫を見てにっこり)。

10年間アナ姫のフィギュアを目の前に置いていると、最後の最後まで時代への対抗意識満点の富野節でトークが終わった。このあと、写真撮影では4人で腕組みポーズやオープニングのモンキーダンスポーズを決めたり、挙げ句『∀ガンダム』オープニングのロランやディアナが手を挙げてるポーズまでやって「それ∀のですよね!?」と突っ込まれるなど、この総監督、実にノリノリである。これだけ活き活きしている姿を見られることはそうそう無いだろう。これもキングゲイナーという作品の持つ活力あってのことなのかもしれない。

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