1937年の「第一回森永母の日大会」の開催や「母をたたえる歌」の懸賞募集など、さまざまな活動で「母の日」を日本に定着させてきた森永製菓。「第一回森永母の日大会」から75年が経った今年、同社は母と子の絆を見つめなおすため「母の日に贈るMARIE(マリー)『お母さん、ありがとう』手紙コンクール」を開催する。

また、「MARIE」を使った母の日のコミュニケーションとして、手作りケーキのレシピ提案をホームページや店頭販促物で紹介する。さらに、半生ケーキ「MARIEを使ったガレットサンド」を発売することで、母の日を活性化するという。

「MARIEを使ったガレットサンド」で母の日を応援

「母の日」はアメリカで誕生

「母の日」の誕生は、1912 年頃。アメリカの田舎町に住むアンナという少女の母親が亡くなったとき、アンナは母親の追悼式が行われる教会を、カーネーションの花で飾った。

亡くなった母親は、一生を町の子どもたちに尽くした優しい人だったため、町中がこの母親を心に留める意味をこめ、母の日を定めたといわれる。この心あたたまる行事は、たちまちアメリカ全土に伝わり、数年のうちに世界中に広がったという。

日本での本格スタートは75年前

日本でも全国各地のキリスト教会や婦人団体などが行うようになり、昭和に入ると一般でもいろいろな「母の日」が催されるようになった。

昭和6年の満州事変をきっかけに世情が徐々に軍国調になっていくなか、森永製菓は全国に心あたたまるこの行事を広めようと、昭和11年(1936)に「森永母を讃へる会」を作り、関係諸団体に呼びかけた結果、全国統一の「母の日中央委員会」が組織された。

また「母をたたえる歌」(歌詞)の懸賞募集を行った結果、15,000点以上の応募があり、古関裕而により作曲されレコード化した。

翌12年、同委員会の協賛を得て、「森永母の日」の行事を全国規模で展開することになり、第一回「森永母の日大会」は、5月8日・9日の両日、東京・豊島園の野外ステージを舞台に開催された。

20万人もの母親を招待して盛大に行なわれたこの催しは新聞や雑誌に大きく取り上げられ、日本に母の日運動を広める大きな力となったという。

「お母さんへの感謝の気持ち」を手紙に

「母の日に贈るMARIE『お母さん、ありがとう』手紙コンクール」は、応募資格は小学生で、「ふだん言えない、お母さんへの感謝の気持ち」をテーマに、100文字以内の手紙に書いて送付する。締め切りは5月28日必着。

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