――では、師弟の暗黙の了解で、入門は4月2日からと。

八光 : 「そうです(笑)」

――4月2日からは"若貴"になったんですか?

八光 : 「最初は敬語で話してたんですけどね。テレビ番組に呼ばれるときは親子として呼ばれますし、オヤジのダジャレに『何言うてんねん』って突っ込めるのは息子である僕だけとなって、そこをおもしろがっていただいたりすると『親子やのに、なにを師弟みたいなかっこええこと言うてんねん』って気になって。そこからだんだん師弟よりも親子になっていきましたね」

――八方さんから落語の稽古をつけてもらうこともあったんですよね?

八光 : 「入門して間もないころに一度だけ。オヤジの部屋で稽古したんですけど、向かい合わせでやるのが恥ずかしいからってオヤジはベッドで横になってる。オカンも気になるのかちょいちょいのぞきに来る。観葉植物の陰からこっそりのぞきよるんですけど、オカンはかなり丸っこい体してますから、ものすごく目に付くんですよ(笑)」

――却って気になると(笑)。

八光 : 「そうです。で、気配がなくなったからどこかに行ったかと思ったら、小窓から耳だけ見えてるんですよ。明らかにオカンの耳で、僕もオヤジの笑ってしまって稽古は終了。それがオヤジに稽古つけてもらった最初で最後ですね。あとは親父が桂米朝師匠の落語のテープ持ってきて『このテープに勝るものはない。これを師匠と呼んで稽古しろ』と(笑)。だから米朝師匠のテープが、僕の育ての師匠です」

――八光さんは東京から来阪された多くの芸人さんをプライベートで接待されていたりと人脈が広いですが、それはお父さんの影響ですか?

八光 : 「いや、それはオカンの血やと思います。オヤジはいつも同じ気の合うメンバーと一緒にいますし、初対面の人になかなか心を開かない性格で。オカンは専業主婦なんですけど、普段から幅広い付き合いをしている人。入手困難だとかいってるコンサートのプレミアチケットを、人脈だけでサッととってきたりしますし。オカンに頼んでとれなかったチケットはないです(笑)」

――すごい! 八光さんは一般の方を相手にしたロケで瞬時に心を開かせてしまいますが、そんなところもお母さんの血でしょうか?

八光 : 「人見知りとか物怖じするとかはないですね。育った環境かもしれないですけど、騙された記憶が一度もないから、あんまり人を疑わないんです。だから人づき合いのフットワークも軽い。東京から来た芸人さんとご飯に行かせてもらうとき、そのために店を手配したり、数件の店のピックアップしといて、ちょっとした小ボケを挟みつつ店の紹介をメールで送って『どこがいいですか?』って聞いたり(笑)。そんなことやってる自分が好きなんです」……続きを読む