──山根さんは現在、JAXAの嘱託という肩書きもお持ちですね
山根氏 はい。嘱託として関わるようになったのは1990年代の後半です。もっともその前から、宇宙開発に取り組む技術者やプロジェクトの取材はしていたので、なにかとご縁はあったのですが、その中で(JAXA嘱託の)お話をいただきました。いまは『JAXA's』という機関誌の編集顧問など、主に広報・PR領域で何かお役に立てることがあれば……といった形で携わっています。でも、一ジャーナリストであることに変わりはありません。JAXAの技術者にインタビューする場合など、ちゃんと取材申請して、他のジャーナリストと同じ条件で取材活動をしていますよ。
──宇宙に関心を持ったきっかけは?
山根氏 宇宙には子どものころから強い関心や憧れがありました。大きく影響を受けたのは、心の師匠ともいえる宮沢賢治の存在ですね。賢治は地質学者としての顔を持ち、天文学など地学分野全般に造詣が深い。生物学にも精通している。私の関心領域にも重なりますし、賢治に触れてから関心の幅がさらに広がりましたね。
私は子どものころ、関東のほとんどの山を歩き尽くしたんじゃないかというくらい、夢中になって化石を集めていました。化石って、とても面白いんです。一見、なんの変哲もないただの石なんですが、ハンマーで割ると中から太古の生物が出てきたりする。2億年前の生物が、2億年ぶりにこの世界に現れるのですから、とても感動的な瞬間だと思いませんか? 化石はタイムマシンなんですね。たとえば宮沢賢治の世界観とは、ハンマー片手に岩石を割ったとき、目の前にパッと広がる世界だと思うんです。自分の日々の世界はとても小さいけど、もっともっと広い世界──地球や宇宙にすらつながっているんだ、と気づかせてくれる。雄大な時間の流れ、果てしなく広がる宇宙の中に自分が存在している、と。
地球に生命が誕生して40億年。壮大な時の流れの中で生き物が脈々と生命をつないできて、一端に自分も存在しているんです。我々がその事実を知ることができたのは、科学の力があったからこそ。これって、とても素晴らしいことじゃないですか。そして科学がもたらした知見は、人間の文化や価値観も拡大してくれた。
「はやぶさ」が果たそうとしたことも同じです。「宇宙とは何なのか」「太陽系や地球の起源は」という疑問──要するに「人間とは何なのか」という問いでもあるのですが──そのヒントを、3億キロ彼方の小惑星に探しに行く、というチャレンジだった。「はやぶさ」の技術者たちは、人間が太古の昔から抱き続けてきた疑問を解明したい、という純粋な思いをエネルギーにすることで、あれだけの冒険を必死に支え続けることができたんです。
宇宙とは直接関係のない取材でも、結果的に宇宙という存在を強く意識してしまうことがあります。たとえば15回以上訪れているアマゾン。さまざまなベクトルで進化を遂げた数多くの生物たち、広大な密林、偉大な川の流れ──そういったものを目の当たりにすると、地球そのものの多様性を強く感じます。南極や北極のような極地を経験しても然り。「しんかい2000」「しんかい6500」といった潜水調査船で訪れた深海世界の神秘、まだ解明されていない謎の数々……って、何だか極端なところにばかり出かけてますね(笑)。
いま気がつきました。私は、物事の「極端」が見たいんでしょうね。「極端」を知ると、全体が見えてくるんです。そして、地球の奥深さ、宇宙の果てしなさを改めて実感できる。考えてみれば、常に「極端」を追い求めているかもしれません。……つづきを読む