片山氏&川井氏の後に、さらにゲストとして、1977年に富士スピードウェイで行われたF1日本GPに出場(9位完走)した高橋国光氏と、1987年に日本人初のフルエントリードライバーとしてロータスよりF1デビューを果たし、F1ブームの立役者ともなった中嶋悟氏が登場。ここに伝説のドライバーたちが、ついに顔をそろえた。

高橋国光氏(左)と中嶋悟氏(右)

ついにレジェンドドライバー3人がそろい踏み

5人によるトークでは、現在のF1を取り巻く状況や昔話に花が咲いた。昨年と比べ今年のレギュレーション最大の変化は、給油によるピットストップがなくなったこと。中嶋氏はそのピットストップの話に絡めて、「昔はピットレーン走行の速度制限がなく、ピットストップを走るのが一番怖かった」と昔を振り返った。片山氏もF1参戦時当初(1990年ごろ)は給油がなく、川井氏によると「当時はガソリンを225リッター積載してスタートしていた」という。なお、現在は160リッターくらいだとされている。

さらに川井氏は、「このゲームをシミュレーター代わりに使いたいドライバーは、たくさんいるはずです。F1チームが実際に使用しているシミュレーターに近い」とコメント。また、2010年に初開催となる韓国GP(開催予定日10月22日、決勝は24日)のコースが収録されていることは、「どのチームもこのゲームの発売を待ち望んでいる」とし、さらに「シミュレーターがないチームにも利用できるのでは」と、ゲームの出来栄えを称えていた。

刻々と変化する天候(設定可能)がさらにリアリティを生み出す

背景も一切の妥協なし。まるで本物かのように、自然や建築物が描かれている

高橋氏は33年前のF1参戦の経緯を聞かれ、「私は当時、日産のドライバーだったので、週3回ぐらいは国内のサーキットを走っていたわけです。昔もF1は人気だったので、私もF1で走ってみたい気持ちはものすごくありましたね。それと同時に世界で一番トレーニングしているという自負もありました。そういったわけで、1977年にタイレル(ティレル)から出場することになったんです」とコメント。

中嶋氏は、「海外でF1の下のカテゴリでこてんぱんにやられちゃったとき、実際にF1を生で見て、これはすごいなと。これを目指してやらなきゃ嘘だな、と思って帰国しましたね。で、思ってから(F1参戦まで)10年の歳月を費やしたわけですけど(笑)」と当時を振り返った。加えて「1987年に鈴鹿サーキットでF1を走ったときは、F2で走ったときと風景が違うわけです。それまで緑だった場所にスタンドができていて、全然、鈴鹿じゃない感じがしました。あと(F1参戦の期間)2月から9月までは海外なので、国内のF1の盛り上がりとかを知らないわけじゃないですか。ですから帰国するたび、普通に街を歩くのがつらくなったみたいなことはありました(笑)」と語った。

続いて片山氏は、「やはり日本人にとってのF1というものは、国光さんや星野(一義)さんが日本GPに出られて、それから中嶋さんで再スタートして、(鈴木)亜久里さんや自分が出てきたというヒストリーがあるわけです。中嶋さんがF1に参戦している当時、僕はフォーミュラ・ルノーでフランスに行ってたんですね。で、帰国したとき、中嶋さんに『(他人は)なんにもしてくれない。自分でやらなきゃいけないんだ』ってアドバイスされましたね。あと、F1でやりたかったことと言えば、ゲームのジャケットにもなっている『オレが1番だ』というポーズです」とコメント。

片山氏がF1でやりたかったというゲームジャケットにもなっているポーズ

また、ゲーム中はメディアとの記者会見があり、プレイヤーが選択するコメントによってドライバーの評価やマシンセッティングなどに変化が生まれるのも特徴となっている。このシステムに関して川井氏は、「実際もそれができないと、上に上がっていかないし、自分をセールスできないで、自分で自分の道を閉ざしてしまうことに成りかねない」とリアルなF1の世界を語ってくれた。

レース運びを円滑に進めるためにも、チームスタッフやメディアとの関係を良好に保つことが必要