──刊行から4カ月ほど経過し、日本でも電子書籍を巡る動きが活発になってきました。これはやはり、iPadの存在が大きかったということでしょうか

そういうことでしょうね。iPadが日本の出版界へ与えた影響、ということでみると、もっとも意義深いのは「もう、逃れられない……」という現実を突き付けたことだと思います。

iPadが出現するまでは「海外から電子書籍という黒船がやってきても、アタマを隠して大人しくしていれば、そのうち通り過ぎていくだろう」と、日本の出版界はいつもの調子で楽観視していました。「Kindle Storeの日本版を展開したい」とアマゾンから持ちかけられた際にも、業界をあげて抵抗し、結局そのときは話をツブしたりしている。既得権益を守ろう、既存ビジネスモデルの脅威になる存在は排除しよう、という体質にドップリ染まっている業界ですから。

ただ、iPadを目の当たりにして、製品の仕上がりや扱いやすさを体感してしまうと、「これは売れるな」「キャズムを超えてくるだろう」と、旧態依然とした出版界でもさすがに考えざるを得ない。電子書籍という大きな潮流がやって来ることを、肌感覚でようやく認識したんだと思います。

──8月初頭、NTTドコモと大日本印刷(DNP)が電子書籍ビジネスでの協業を発表しました

電子書籍の潮流のなかで、印刷業界が動くのは予想どおり。DNPは出版・印刷コングロマリットを見すえている。実際、DNPや凸版印刷などは、技術力も高く、人材も豊富です。これまでの枠にとらわれない、新しい試みをしかけてくるだろうことは想像していました。ただ、通信キャリアが印刷大手と盛んに手を組もうとしているのは、最初、ちょっとピンと来ませんでしたね。

──電子書籍ビジネスに早く絡んでおいて、配信のデータ通信料で収益を確保し、さらに専用端末も投入して、といった考えのようですが……

3G回線を持っていること以外で、何かありますか? 何をするんでしょうね。個人的にいちばん危惧するのは、使い勝手やコストなどユーザーの利便性がないがしろにされてしまうことです。

電子書籍に限らず、日本で新しいプラットフォームを作るときに、とかく陥りがちな3つの特徴があります。「異常なほど多機能で使いづらい」「著作権管理に過剰に気をつかいすぎて使い勝手が極端に悪い」「インターフェイスが不親切で、操作が難しい」……。

iPadにしろ、Kindleにしろ、電子書籍に使われるタブレット端末はシンプルなものです。ただ日本では3D表示機能を搭載するとかいう話もあったりして、方向性がすでにおかしいような気もします。立派なキーボードが付いているような、意図のよくわからない端末が出てきそうで心配です。

──7月には、DNPとトッパンが発起人となり、メーカー、通信業者、新聞社、取次、広告代理店などが参加して、電子書籍の業界団体「電子出版制作・流通協議会」が発足。それを受けて、佐々木さんはTwitterで「出版文化を守る? 自分たちの既得権益を守りたいだけじゃないのか?」「許せないのは、自分たちのビジネスを守りたいだけなのに『われわれが出版文化を守るんだ』という建前をのうのうと言ってのける欺瞞性。あなた方に出版文化を守ってもらう必要なんか無い。文化はわれわれ読者と書き手が作る」と発言しています

メディア関係のお偉いさんに共通する、独特の"上から目線"が気になるんですよ。本書にも書きましたが、そもそも出版文化って何なのですか? 銀座の文壇バーで酒を飲むことですか? 大手出版社の社員編集者に支払われる高い給料のことですか? 情報が出版社やテレビ局、新聞社に独占されていて、過剰な富がもたらされていた時代は終わったんです。本のプラットフォームは土台から崩れようとしています。

既得権益にすがりつき、古い価値観に凝り固まった企業が総ざらいで出てきて、足並みを揃えて必死に囲い込みを行なう……みたいな動きが目立ってくるとしたら複雑ですね。……つづきを読む