松雪泰子

奇跡的に授かったわが子の命をとるか。それとも、乳がんに侵された自分の延命をとるか――。

谷村志穂の同名小説を原作とした映画『余命』は、究極の選択を強いられた女性外科医の、悲しくも強い生き様を描いた感動作だ。そのヒロイン・滴(しずく)を演じた松雪泰子に話を聞くことができた。

昨年は、松山ケンイチ主演の『デトロイト・メタル・シティ』で強烈な個性をもった女社長役、そして"ガリレオ"シリーズの映画版『容疑者Xの献身』では、女手ひとつで子供を育てる陰のある女性を演じた。

次から次へと違うタイプの女性を演じ、見ている側の"松雪泰子"像をどんどん壊していく。それは観客にとって嬉しい驚きだ。そして、どんな役でも自分のものにしてしまうからその驚きはすぐに消え、彼女の演じるキャラクターから目が離せなくなってしまう。

――初めて脚本を読んだときの印象を教えてください

松雪泰子(以下:松雪)「とてもヘビーに感じました。でも、病気を扱った作品というとネガティブな要素が多いように感じられますが、この作品ではそういったところをフィーチャーするのではなく、滴の生き方を丁寧に表現していきたい、夫婦のあり方や命など、そういうことを紡いでいきたいと思い、撮影に臨みました」

松雪が演じたヒロイン、38歳の外科医・百田滴(ももた・しずく)は結婚10年目にして、待望の子供を授かる。10年前に乳がんを患い、右胸を失った彼女にとって、妊娠はかなわぬ夢のはずだった。

戸惑いながらも、夫・良介(椎名桔平)とともに幸せをかみしめていたが、それもつかの間、乳がんが再発したことを知る。完治の見込みはなく、出産と治療を同時に行なうことはできない。自分の余命を削って出産するか、子供をあきらめ、少しでも長く生きるか。どちらを選んでも辛すぎる現実がそこには待ち受けていた……。

外科医だからこそ、現状での出産の危険は熟知している

――完成した作品を見て、どんな感想をもちましたか

松雪「滴という人生を生きた時間というのは、私にとってはすごく強烈な体験として残っていたので、またその感覚が蘇ってきました。男性は感動するとおっしゃっる方が多いのですが、女性にとっては複雑なんじゃないかと思いますね。きっと、いろいろな角度で考えさせられると思います」

――撮影中、感情があふれ出て止められなくなり、動けなくなったこともあったそうですね。

松雪「今までは自分で作り上げたキャラクターを持ってきて、それを外に出していく感覚だったんですけど、なんて表現したらいいか……まだ言葉を見つけられていないのですが、感情と感覚、そして肉体が今までにない感じでした。自分でも不思議なんですけど、役との一体感が常にありましたね」

滴は悩んだ末、誰にも言わず自分の命よりも子供の命を取ることを決意する。病気の再発を隠し、夫を自分から遠ざけ、ひとりで出産することを決める滴。寄る辺のない一人きりの出産に挑む姿は、強く、胸が締め付けられるほど切ない。

――ヒロインは夫に何も相談せずに、子供を産むことを決意しますが、この選択についてどのように思いましたか。

松雪「すごく衝撃的でした。最初は、独りよがりな部分があるなという印象を受けました。私の中にないキャラクターだったため、そういう意味ではとても難しい役でした。作品自体もそうですし、演じる上で彼女の心理状態にフォーカスしていった時に、なぜそういう選択をしていくのかということをすごく掘り下げていきました。成す術がない中で、何か足跡を残したい、命をつなげていきたい……彼女なりに何かを残したいという選択だったのかなと考えました」

――自分とはまったく違うキャラクターだったんですね。ハマリ役だと思えたので、それは意外でした。もし、松雪さん自身がヒロインと同じ状況に陥ったらどうしますか

松雪「自分は相談すると思います。そういった時こそ家族には支えてほしいし、みんなで解決していきたいです。私自身にも子供がいて育てていますので、簡単に自分の命と引き換えに残していくというのが、いい選択なのかどうなのかわかりません。育てていく上での大変さや喜びがあると思うので、とくにお子さんのいらっしゃる方は複雑に感じるのではないかと思います」

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