切ないコメディがやりたかった

石井克人
1966年、新潟県出身。大学卒業後、CMディレクターとしてCMを中心に多数の映像作品を手がける。『鮫肌男と桃尻女』(1999年)で映画監督デビュー。他の映画監督作品に『PARTY7』(2000年)、『茶の味』(2004年)など多数。CMディレクターとして『富士通FMV』、『NTT東日本 フレッツ光 マンション』の「絵篇」、「結婚篇」、「保健室(電話)篇」など、話題のCMを演出。クエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル Vol.1』(2003年)では、オーレン石井の少女時代を描いたアニメパート部分のキャラクターデザインを担当している

SMAPのメンバーを起用した多数のCM作品や、映画『鮫肌男と桃尻女』、『PARTY7』などのスタイリッシュな描写で人気の映像作家・石井克人。彼の最新監督作品である『山のあなた 徳市の恋』のDVDが発売された。SMAPの草彅剛を主演に迎え、山の温泉場を舞台に、盲目の按摩・徳市の恋愛や穏やかな日常が淡々と描かれる本作で、古き良き日本映画の世界を、過去の名作の完全カヴァーというスタイルで描ききった石井監督に話を訊いた。

――これまで石井監督の作品は、「洒落たファッションに身を包んだヤクザが小粋な会話を交わす」というように、とにかくスタイリッシュな映像や会話で楽しませるという印象がありました。一連のCM作品でもその傾向は強かったのですが、前作『茶の味』から、やや石井監督の作風が変わったという印象があります。

石井克人(以下、石井)「確かにその通りですね。周囲からもそう指摘されるのですが、自分のなかでも変化した部分があって、前作あたりから、自然なものというか、スタイリッシュなかっこいいものより、切ないコメディをやりたいという気持ちが強くなってきてるんです」

――今回、監督された作品『山のあなた 徳市の恋』は70年以上前の『按摩と女』のリメイク(※カヴァーと表現されている)です。この作品チョイスは、本当に意外でした。

石井「僕の先輩の長尾直樹監督から、"おまえの『茶の味』は清水宏監督に似ている"といわれたんです。僕は清水監督の作品を観たことがなくて、とにかく観ようと……。それで、何作も清水監督の作品を観たのですが、どれも本当に素晴らしくて……。何十年も前に、こんなに凄い作品を監督している人がいたんだと、素直に感動して、この作品の世界を忠実に自分で再現したいと思いました。あと、自分個人に関しては、挑戦というか勉強という感じもあります。完全カヴァーをやるというテーマやルールの中で、しっかりと映画作りをしたかったというのはあります」

――今回、リメイクでなくあくまでカヴァーと表現されていますね。

石井「古い作品なので、オリジナルを知っている方も少ないと思うのですが、衣装や小道具、カメラアングルなど、当時の少ない資料、オリジナルの映像を頼りに、とにかく忠実に作りました。現代的な解釈によるリメイクではなく、あくまでオリジナルを忠実にカヴァーするという考え方で監督しました」

――この作品では、SMAPの草彅剛さんの主演作として話題を集めたり、石井監督の最新作であるという部分がやはり注目されていますよね。オリジナル作品が古いということもあり、その石井監督のカヴァーへのこだわりというか想いは、伝わりにくいという気もするのですが。

石井「それは確かにその通りで、だからこそのカヴァーなんです。ずっと昔に良い映画があった。でも、その存在を僕も知らなかったわけだし、知らない人も多いと思うんです。仮に観たいと思っても、作品で観る機会がない。だから、この『按摩と女』という作品の持つ魅力を、そのまま現在の映画として伝えたかったんです」

――時代が違うのにコミカルな部分まで含めてカヴァーするというのは、とても難しいような気がしましたが、とても楽しめる作品でした。

石井「そういう意味で、オリジナルがとても優れた普遍的な喜劇なのだと思います」続きはこちら。

山のあなた 徳市の恋

清水宏監督が1938年に監督した『按摩と女』のカヴァー作品。目の不自由な按摩の徳市(草彅剛)と福市(加瀬亮)は、山の温泉場で、さまざまな人々に指圧を施している。宿屋・鯨屋から呼び出された徳市は美千穂(マイコ)という美しい客に、淡い恋心を抱くのだった
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