ここでは『インクレディブル・ハルク』を観る前に押さえておきたい基礎知識を紹介する。何も知らなくても面白く観られる作品であることは間違いないのだが、知っているのといないのとでは大違い。じっくり楽しみたければ、予習をしておくのも手だ。

基礎知識その1 : 「アン・リー版ハルクは、なかったことに」

~今度のハルクは、前の映画の続編ではない

2003年、アン・リー監督の映画『ハルク』が公開された。だが、今回の『インクレディブル・ハルク』は、この『ハルク』の第2作目という位置づけではなく、刷新を狙ったまったく新しい映画になる。

新しくやり直すことになったのはなぜか。それはアン・リー版の『ハルク』が、まったくの不評に終わったからだ。

2003年の『ハルク』は、抑圧的な父親と、ブルースの心理的対立が軸になった話だ。ブルースは、怒りをハルクとして表面化することで父を超えようとする。ギリシャ神話を思わせる重厚なドラマではあるが、その結果、映画は地味な展開になり、観客を退屈させることになった。

しかし『ハルク』は結果的に2億ドルを超える興収を稼ぎだしており、映画関連グッズもヒットしている。ハルクでもうひと花咲かせたいという思惑から、マーベルは自社プロデュース作品で新たなハルクを送り出すことにしたのだ。

今度の映画では心理ドラマは控えめにしてアクションを多く盛り込み、ハルクの勇気がクローズアップされた正統派ヒーローものにするというコンセプトは、かなり早い段階から決まっていたという。

ハルクを制御するためヨガで精神を鍛えるブルース。2003年版の同キャラに比べ前向きな性格

基礎知識その2 : TV版「超人ハルク」へのオマージュ

~セットまでTV版そっくりに作ったこだわりぶり

ハルクの知名度の高さを支えるのは何といっても1977年のTVドラマ『超人ハルク』だ。第5シーズンまで続くほどの人気で、日本も含め各国で放送された。

ハルクの正体を隠すため、逃亡生活を続けるデビッド・バナー(※このTV版では名前をブルースから変更)。だが新しい土地でも何かとハルクに変身してしまうハメに陥り、彼はまた人目を避けて逃げ出すのだ。この哀しく孤独な逃亡者のドラマに併せ、肌を緑色に塗ったボディビルダー、ルー・フェリグノがハルクに扮して暴れまくる映像は、一目見れば忘れられないインパクトを放っていた。

『インクレディブル・ハルク』の監督ルイ・レテリエもこのシリーズのファンで、今回の映画では大いにTV版を意識しているという。例えば、映画のオープニングシーンはTV版そっくりに作っている(セットなどもできるだけ似せて作った)。またTV版のテーマソングが流れるなど、細部にわたって数々のオマージュが捧げられている。

TVドラマのイントロに出てくる装置をそっくりに再現したもの

基礎知識その3 : マーベルスタジオのプロデュース

~版元が思い通りに作った映画

『インクレディブル・ハルク』は、原作コミックを出版するマーベルコミックスが設立した映画会社"マーベルスタジオ"によって製作された。

これまで『スパイダーマン』や『X-MEN』などのヒット映画を連発してきたマーベル。だがそれらは映画化の権利を買ったそれぞれの映画会社が作っている。例えば『スパイダーマン』はソニーピクチャーズ、『X-MEN』はFOX、2003年の『ハルク』はユニバーサル映画によって製作された。これだといくら自社キャラでも意見が通せないことが多々出てくる。 だが、自社で製作した映画なら版元としての意図が十分反映された映画を自由に作ることができる。その目的で作られた"マーベルスタジオ"の第一弾映画が『アイアンマン』、第二弾が『インクレディブル・ハルク』というわけだ。

どちらの映画も公開されるや全世界で大ヒットを飛ばし、世界でも珍しいコミック出版社が作った新生スタジオは、一躍脚光を浴びることになった。何より版元ならではの、原作の世界観を大事にしたていねいな作りが成功の鍵と言われている。

こちらがアイアンマン

その中の人、ロバート・ダウニーJr.

基礎知識その4 : マーベルが目論む壮大なる計画

~『アイアンマン』から『インクレディブル・ハルク』そして『アヴェンジャーズ』へ~

自社で映画を作るのにはまだ利点がある。別々の映画キャラ同士を自由にリンクさせることができるということだ。コミックでは例えば、スパイダーマンとハルクの対決がしばしば行なわれるが、映画ではこのふたつは別々の映画会社で製作されたため顔合わせは不可能だ。

しかし、マーベルコミックスはもともと統一された世界観を持っており、ヒーローたちはみな同じ世界に住んでいるという設定を使用している。だから「スパイダーマン」のコミックで展開されたストーリーが「ハルク」のコミックに移り、「X-MEN」で完結するということも珍しくない。

マーベルはこれと同じことを映画で成し遂げるという、壮大な野望を抱いている。

つまり『アイアンマン』のストーリーはゆるやかに『ハルク』に続いており、さらにマーベルが2011年の公開を予定している、ヒーロー大集合映画『アヴェンジャーズ』へと続くようになっている。

日本では残念ながら『アイアンマン』と『インクレディブル・ハルク』の公開準備が逆になってしまったが、これを頭に入れて観れば、後半登場するトニー・スターク=アイアンマン(ロバート・ダウニー・Jr)に「?」とならずにすむだろう。『アイアンマン』の日本公開は9月27日だ。

自らアイアンマンになろうとするトニー・スタークと

なんとか変身せずに済む方法を模索しまくるブルース・バナー。この対比もおもしろい