ルーヴル美術館全面協力による開催

「最後の古典主義者にして最初の近代主義者」と呼ばれるカミーユ・コロー(1796-1875)。近代美術史に偉大な足跡を残したにもかかわらず、なぜかこれまでコロー個人に焦点をあてた展覧会は国内外でほとんど開催されたことがなく、その全容はあまり知られてこなかった。今回、東京上野の国立西洋美術館で開催されている「コロー光と追憶の変奏曲」は、ルーヴル美術館全面協力によって実現した世界的にもユニークな展覧会で、単なる回顧展にとどまらず、コローの生涯を通じた作風の変化、そして後の画家に与えた影響の大きさを、まるで一つの美しい音楽が変奏曲を奏でるように、さまざまな角度から迫っていく。

ルーヴル美術館所蔵の《真珠の女》《モルトフォンテーヌの想い出》など、国内外からコローの名作約90点が展示される大規模な展覧会となった

柔らかな光と優しい色調に彩られた風景画、何かを内に秘めているような美しい女性の肖像画……。コローの作品といえば、もやに包まれたような柔らかさがまず思い浮かぶが、コローの魅力はそれだけではないことを、「コロー光と追憶の変奏曲」の6章にわたる展示が教えてくれる。

ヴァンサン・ポマレッドルーヴル美術館絵画部長らが出席した華やかな開会レセプション。高円宮妃殿下久子さまも出席された

旅を愛した画家・コロー

コローは、父親が別荘を購入したパリ近郊ヴィル=ダヴレーにくり返し訪れ、多くの絵を残している。
ジャン=バティスト・カミーユ・コローヴィル=ダヴレーのカバスュ邸 村内美術館1835-40年

第1章「イタリアへの旅」、第2章「フランス各地の田園とアトリエ」では、コロー初期の作品群が一堂に会している。裕福な家に生まれたコローが、絵画を学ぶことを父親に許されたのは26歳の時。画家としてはかなり遅いスタートであるが、コローは精力的にキャンバスに向かい、瞬く間に頭角を現していく。

絵画の道を志したコローは修業のためイタリアを訪れ、その後も二度に渡ってイタリアを再訪し、数多くの作品を残している。第1章では、イタリアで描いた風景画や人物画が紹介されている。穏やかな陽の光に照らされたイタリアの田園風景が、コローの世界を表す最初の主題を奏でているかのようにも感じられる。

旅を愛したコローはイタリアから帰国後、フランス各地を訪れて風景を写生した。続く第2章では、フランスでの風景画を中心に、その頃描かれた人物画も一緒に展示されていて興味深い。コローは金銭目的で肖像画は描かず、家族や友人など、近しい人を描いていたという。コローの描く肖像画は、その人の性格まで描き表しているようで、想像力を膨らませながら見るのもまた楽しい。

風景画に描かれた樹木は、後のコローの作品に違った形で現れるのだが、この第2章の部屋ではまだ、樹木が変奏曲の前に、ただ通奏低音を鳴らしているかのようにも感じられる。

初期の作品群は、コローの人生をたどる旅の序曲のようで展覧会全体への期待感が高まる

フレーミングと遠近法が風景を際立たせる

見ているといつのまにか町の中に引き込まれてしまう『ドゥエの鐘楼』
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 『ドゥエの鐘楼』 ルーヴル美術館1871年(c) Photo: RMN/ Jean-Gilles Berizzi/ distributed by DNPAC

コローの絵を見る楽しさの一つが、その構図のユニークさにあるといえるかもしれない。おなじみの「遠近法」も、コローの独特の構図によって、不思議な迫力を持ち、見る者を絵の中に迷い込ませてしまう。「フレーミングと空間、パノラマ風景と遠近法的風景」と名づけられた第3章では、都市風景や田園風景など、さまざまな風景画が集められ、コローの風景画を見る楽しさ、面白さに浸ることができる。

コローの作品とあわせて、その絵からインスピレーションを受けた画家の作品を同時に見られることもまた大変興味深い。コローとそっくりな構図で風景画を描いたシスレーやルノワール、ドランの作品から、彼らがいかにコローを尊敬し、崇拝していたかを知ることができる。コローはこんなにも後の美術に大きな影響を与えたのか、と改めて感嘆してしまう。

第3章でコローのフレーミングと遠近法の世界に触れた後に見る「樹木のカーテン」と題された第4章の木々の絵は、もはやただの木の絵ではなく、"空間そのものの表現"として見る者の目を楽しませてくれる。葉の生い茂る木々の間から見える明るい場所が奥行きを感じさせ、森への想像力がかきたてられる。「舞台に精通していたコローは、樹木を舞台の幕のように捉えていた」―この一言の説明文によって、作品がぐっと興味深いものになっていく。

第3章ではドランやセザンヌなど、同時代の画家の作品も比較展示されている

美しいミューズとニンフ

第5章「ミューズとニンフたち、そして音楽」について、多く語るのは野暮なことかもしれない。コローの描いた美しい女たちの目の前に立つと、ただただ引き込まれ、時間を忘れてしまう。まるで絵の中の女が時空を超えて見る者に何かを強く訴えているかのようだ。「想い出(スヴニール)と変奏」という詩的なタイトルがつけられた第6章では、コローが過去の旅を思い出しながら晩年に描いた風景画が並ぶ。このコーナーのみ作品が鮮やかな薄紫色の壁に掛けられており、明るい色調の部屋の中で絵を見ていると、コローの人生を知識としてではなく、感覚として知ることができる。

最も有名な作品の一つ、『真珠の女』。コローはこの絵を愛し、生涯売ろうとはしなかったという。
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 『真珠の女』 ルーヴル美術館1858-68年(c) Photo:RMN/distributed by DNPAC

コローの最高傑作ともいわれる『青い服の婦人』
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 『青い服の婦人』 ルーヴル美術館 1874年(c) Photo: RMN/ Hervé Lewandowski/ distributed by DNPAC

『モルトフォンテーヌの思い出』
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 『モルトフォンテーヌの想い出』 ルーヴル美術館 1864年 (c) Photo: RMN/ René-Gabriel Ojéda/ distributed by DNPAC

派手さも色鮮やかさもないコローの作品は、1枚だけを見れば、地味であまり目立たない風景画と思われることもあるかもしれない。だが、この「コロー 光と追憶の変奏曲」の展示会場を後にする頃には、コローの魅力にどっぷりと引き込まれてしまうだろう。なぜコローが「最後の古典主義者にして最初の主義近代主義者」なのか、その謎を解きに初夏の上野へ足を運んでみてはいかがだろうか。

会期 2008年6月14日(土)~8月31日(日)
休館日 月曜日(ただし7月21日、8月11日は開館、7月22日は休館)
開館時間 9:30~17:30(毎週金曜は20:00まで開館)
アクセス JR上野駅下車、公園口から徒歩約1分/京成電鉄京成上野駅下車、徒歩7分/東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅下車、徒歩8分
主催 国立西洋美術館、読売新聞東京本社、NHK
企画協力 ルーヴル美術館
後援 外務省、文化庁、フランス大使館