日本の春を代表するさくらは、春に一斉に満開になります。植物は寒い冬は休眠し、春になると活動するからで、暖かくなるから咲く。なんですが、時に秋に咲いてしまうこともあるんですな。さくらが春に咲くプログラムについてご紹介いたします。

さくらは、日本を代表する花ですね。最近は、早咲きの河津桜も人気ですが、なんといってもそこらじゅうに植えられているのがソメイヨシノです。吉野桜とか、桜千本とかいったら、まあこれです。北海道や沖縄などをのぞき、日本の大部分では入学式や新年度のはじまりはソメイヨシノの満開とセットでございます。このあとは、ソメイヨシノを前提に、さくらの話をいたしますねー。

このソメイヨシノは、大島桜とエドヒガンから生まれたもので、すべてのソメイヨシノは、タネではなく、接ぎ木で増やされたクローンであることを前に紹介いたしました。クローンなので、千本のさくらがあっても、それは一本のさくらと同じ。すべてのソメイヨシノは同じ環境なら同時に開花します。なので、その地域では一斉に満開になり、一斉に散ってしまうのですな。

さて、気象庁というのは、日本の役所のなかでも、防災とか天気予報など実用的なことをやりながら、どことなく風流なところです。なにしろ、花見が仕事の一貫になっているんでございます。職員が毎日、植物や動物をチェックしにいって、開花しているか、ウグイスは鳴いたかなんてことを調べているんですね。ちなみに、東京都千代田区大手町の東京駅から徒歩20分の竹橋の本庁には気象の科学館(土日も開館、入場無料)があるんですが、行政紹介! っというよりも「風流部門」があるせいか!? シロウトっぽいこじんまりとした展示がなかなか魅力的です。

このなかでも、特に注目されるのが、さくらの開花日と満開日です。気象庁の人に聞くと「宣言はしていません」ということなのですが、その発表は季節の風物詩になっていますなー。その開花日と満開日を調べると、不思議なことに気がつくんですな。ざっくりいうと、ほぼ一週間以内に日本の多くの地域で同時にさくらが咲くのです。気になる方は、気象庁のPDFをご覧くだされ。

さくらが開花するのは、暖かくなるせい。であるとすると、当然ながら鹿児島と東京では気温がちがうので、鹿児島が早いはずですな。たしかに早いのですが、一週間くらいだと、温度差はそんなに縮まらないのですな。たとえば3月下旬の鹿児島の気温は16~20度ですが、東京では12~15度くらいなんですね。鹿児島は2月なら12~15度ですから、東京の開花ころと同じです。つまり、鹿児島ほど暖かくなくても、東京ではさくらが咲いちゃうのです。これ、さっきのクローンの話からするとおかしい感じがするんですねー。条件違うのに咲いちゃってるじゃん。というわけです。

さくらの開花日の等期日線図(1981~2010年の平均値) 出典:気象庁「さくらの開花日と満開日の観測方法と等期日線図(平年)」

それから、もうひとつ、狂い咲きという話があります。秋のおわりごろに、さくらが満開になるってやつですな。たしかに温度だけでいうと、秋は暖かいのですが、11月の東京だと15~20度なんですな。ほかの地域でも似たようなもので、3月下旬よりも暖かいのです。で、さくらが咲いてしまう。っていうか、その時、秋にはもう、さくらは咲ける状態になっているってことともいえますな。

クローンのソメイヨシノが、特定の温度で咲くわけでもなく、また秋のうちに咲く準備、まあつぼみが成長しているとなると、いったいなんなんや。ということになるわけです。で、このあたりのメカニズムは、ちゃあんと植物学者のみなさんが解いているんです。おもしろい本なので紹介しますが、田中修さんという神戸の甲南大学の先生が中公新書から『植物はすごい』とか『都会の花と木』といった本を出していて、そこでも紹介されています。『植物はすごい 七不思議編』からかいつまんでいいますと、こんな感じになります。

まず、さくらに限らず、花は子孫を残すためですから、成長しやすい暖かい季節の前に、咲きます。だから春に咲くようにプログラムするわけですな。次に、花のもとになる、つぼみですが、これを育てるにはエネルギーがいります。エネルギーは、葉っぱが青々としげっていないと得られません。つまり葉桜になる春の終わりから夏にかけて、つぼみはつくられる。秋には完成しているんですな。ただ、温度で花が咲くようになっていると、秋のうちに咲いてしまいます。そうなると、成長したい時期が冬になってしまい、アウトになりますな。狂い咲きはここで失敗した形です。

さくらは、二段階のプログラムを組んでいるんですな。まず、さくらは秋にできているつぼみを、硬い越冬芽のなかにしまいこみます。これによって秋につぼみが開くのを防ぎます。この越冬芽は、葉っぱが長く日射をあびる(つまり夏)に生成されるアブシシン酸という物質が、つぼみに送られるために作られます。万一、葉っぱが虫に食べられてしまう、台風で落ちるなどすると、このアブシシン酸が十分につくられず、越冬芽ができず、咲いてしまう、つまり狂い咲きの状態になるんですな。

越冬芽はその後成長せず、つぼみを休眠させます。アブシシン酸がその休眠させる物質になっています。ところが、アブシシン酸は、寒いと分解されていくんです。つまり、寒さが、休眠を解かせるキーになるんですな。

ところがそれだけだと、さくらは咲きません。分解で咲いちゃったら、寒い冬に咲いてしまいますからね。そこで、もう一段のプログラム、あたたかさが必要になります。あたたかさによって、つぼみにジベレリンという物質がつくられます。これは、開花を促進する物質なんですな。

ということで、葉っぱがあるとつくられ、寒さで消滅するアブシシン酸。暖かくなるとつくられるジベレリン。この2物質が関与するために、夏につぼみがつくられるが、開花しないようにプロテクトされ、寒さでプロテクトが解除されて、暖かくなると開花物質がでて、花が咲く。ということなんですな。

アブシシン酸(左上)とジベレリン(ジベレリンA3、右下)

鹿児島ではプロテクトの解除が悪いが、東京よりは開花物質がよくでる。東京ではプロテクトがよく解除されるので、開花物質がでると一気に咲く。このために、さくらの開花時期の差が少なくなっていると、まあ、こういう感じになるんですねー。

しかし、わずかな物質でいろいろなことが変わってしまう。人間もホルモンバランスとかがあるわけですが、不思議なもんですな。まあ、少数のものに、大部分が影響されるというのは、アイドルスターに夢中になるライブにちょっと似ているようなところがあるか……ちがうか。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。