東京理科大学(理科大)と産業技術総合研究所(産総研)は6月4日、「シリコン量子ビット」の性能を低下させるノイズの発生メカニズムを、「二準位揺らぎ」に由来する電荷ノイズを用いた統計シミュレーションで再現・解析した結果、これまで未解明だった、通常より高い温度(約200mK(約-272.95℃))で動作させた際に、量子ゲート操作の正確性(忠実度)が向上するための条件を特定したと発表した。

  • ノイズによる量子ビットのラーモア周波数シフトを評価するためのシミュレーションモデル

    ノイズによる量子ビットのラーモア周波数シフトを評価するためのシミュレーションモデル。(出所:理科大Webサイト)

同成果は、理科大大学院 工学研究科 電気工学専攻の佐藤優大大学院生(現・産業技術総合研究所(産総研) 先端半導体研究センター 新原理シリコンデバイス研究チーム 研究員)、産総研 先端半導体研究センター 新原理シリコンデバイス研究チームの浅井栄大主任研究員、同・森貴洋研究チーム長、理科大 TUS SciTech共創推進本部 TUS SciTech半導体共創教育研究センターの河原尊之 教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、IEEEがカバーする広範な技術分野を扱うオープンアクセスの総合論文誌「IEEE ACCESS」に掲載された。

シリコン量子ビットの温度依存性解明に光

量子コンピュータの根幹を成す情報の基本単位である量子ビットの実現方式は複数存在するが、既存の半導体製造技術との親和性が極めて高い点がシリコン量子ビット方式の最大の強みである。同方式は、シリコン中に閉じ込めた電子のスピンを量子ビットとして利用するものであり、将来的な大規模化・高集積化を達成するための有力な手法として期待されている。

しかし、量子ビットは極めて繊細で周囲のノイズに弱く、多くの方式で極低温動作や誤り訂正の仕組みが必要となる点が大きな課題だ。中でも問題となるのが、電子スピンが外部磁場中で歳差運動(回転運動)する固有の周波数である「ラーモア周波数」が変動する現象である。量子ビットは同周波数に合わせたマイクロ波で制御されるため、周波数の揺らぎはマイクロ波制御の共鳴条件を狂わせ、量子ゲート操作の正確性を示す「ゲート忠実度」を低下させてしまう。

また近年の実験では、本来の極低温環境である約20mK(約-273.13℃)よりもやや高い約200mKで動作させた方が性能が改善するという、一見矛盾した現象も報告されていた。しかし、同現象がどのようなノイズのメカニズムによって生じるのかは、これまで解明されていなかった。

そこで研究チームは今回、シリコン(Si)/シリコンゲルマニウム(SiGe)量子ドット近傍の半導体/酸化膜界面に存在すると想定される多数の「二準位揺らぎ」(TLFs)に着目し、その温度依存性ダイナミクスを数値シミュレーションで詳細に調べたという。

なおTLFsは、2つの状態の間を熱的に遷移する微小な欠陥や電荷状態を指す。今回の研究では、半導体/酸化膜界面付近に存在するTLFsが電荷ノイズを生じ、量子ビット周波数シフトの要因になると仮定して解析が進められた。

具体的には、量子ドットと外部磁場勾配を含むモデルを構築し、TLFsの空間配置、活性化エネルギー分布、最小遷移時間およびその温度依存などの多様なパラメータを系統的に変更。実験で報告されている「ラーモア周波数の非単調な温度依存(低温で急増し高温で緩やかに減少)」や「200mKといった高温でのゲート忠実度改善」を再現できる条件の探索が試みられた。

その結果得られた周波数のずれを量子状態の時間発展計算に組み込み、量子演算の1つであるXゲート演算での平均ゲート忠実度を算出し、温度依存性が評価された。総計108通りのパラメータ設定について、各設定につき5000種のTLFs分布を生成して統計的に解析が行われた。

シミュレーションの結果、TLFsの活性化エネルギーが指数分布に従い、かつ最小遷移時間が短く、温度変化に対する遷移時間の応答が急峻(温度で急速に短くなる)な場合に、実験で報告された「低温で急増し高温で緩やかに減少する、量子ビットのラーモア周波数の非単調な温度依存シフト」および「高温でのゲート忠実度改善」が最もよく再現されることが明らかになった。

  • 温度を20mKから200mKに上昇させた場合の、ゲート忠実度の向上/悪化の割合の変化

    TLFsの条件における、温度を20mKから200mKに上昇させた場合の、ゲート忠実度の向上/悪化の割合の変化。(出所:理科大Webサイト)

この傾向から、活性化エネルギーが数meV程度と小さいことや遷移時間の温度依存が強いことを考慮すると、原子の大規模な位置移動を伴う「原子的運動」よりも、伝導帯と浅いトラップ状態間の電子遷移、つまり生成・再結合や半導体/酸化膜界面特有のバンド端トラップ準位による過程の方が有力な起源であると結論づけられた。したがって、半導体/酸化膜界面状態の制御やプロセス改良が、今後の大規模・高集積量子コンピュータの実現に向けた量子ビット周波数の安定化と高忠実度動作において重要な手段となることが示されたとした。

研究チームは今後、バイアスクーリングなどによる界面トラップ状態の制御を用いた実験的検証を行い、その知見をデバイス設計・プロセス改良へ応用すると同時に、より現実的な空間分布・エネルギー分布を反映した大規模シミュレーションへ拡張して評価を進めるとしている。