高エネルギー加速器研究機構(KEK)と名古屋大学(名大)の両者は6月5日、標準模型を超える新物理の探究を目指す「Belle II実験」において、電子・陽電子の対消滅で生じるエネルギー「Υ(4S)(ウプシロン-4エス)共鳴」から誕生する「B中間子」のデータの蓄積が、2026年5月17日に先代の「Belle実験」を上回り世界最大となり、6月4日時点でΥ(4S)での積分ルミノシティが757fb-1(インバース・フェムトバーン)に達したことを共同で発表した。
同成果は、KEK 素粒子原子核研究所の中尾幹彦教授、KEK Belle II 運転コーディネーターの宇野健太助教、名大 素粒子宇宙起源研究所 フレーバー物理学国際研究センターの飯嶋徹センター長、同・居波賢二准教授、米・アイオワ州立大学のソーレン・プレル教授(Belle II 物理コーディネーター)、ドイツ・ボン大学のフロリアン・ベルンロフナー教授(Belle II スポークスパーソン)ら28の国・地域の1200人の研究者が参加する国際共同研究チームによるもの。
-

世界最大のデータ蓄積を達成したBelle II測定器の外観。幅約8m、高さ約8m、重さ約1400トンの大型装置である。(c) Belle II Collaboration/KEK。(出所:KEK Webサイト)
KEK つくばキャンパスの「SuperKEKB加速器」を用いるBelle II実験は、重いクォークやレプトン(軽粒子)の崩壊を調べる「フレーバー物理学」の研究である。高精度な測定結果と理論予測を比較し、標準模型を超える未知の粒子や力の兆候を発見することが目指されている。特に重要なテーマは、B中間子の崩壊におけるCP対称性の破れ、レプトン普遍性の破れ、稀な崩壊現象の精密測定の3点だ。
これには膨大な数のB中間子・反B中間子の実験データの蓄積が不可欠となる。そのためSuperKEKBでは、電子と陽電子を10.58GeVの重心系エネルギーで衝突させてΥ(4S)共鳴を作り出し、それがB中間子・反B中間子対へ崩壊、さらにそれが崩壊する事象などのデータ記録が続けられている。
加速器実験における「断面積」は素粒子の衝突確率を示す指標であり、この値が大きいほど衝突確率が高いことを示す。たとえば、Υ(4S)でのB中間子生成断面積は、約1nb(ナノバーン=10-33cm2)だ。衝突性能を表す「(瞬間)ルミノシティ」に断面積をかけると1秒あたりの衝突回数(事象数)となり、それを時間積算した「積分ルミノシティ」に断面積をかけると総事象数になる。つまり、瞬間ルミノシティが高いほど、短期間に積分ルミノシティを増やして事象数を稼ぐことができ、より精密な測定が可能になる仕組みだ。
SuperKEKB加速器とBelle II測定器は2019年から運転を開始し、Υ(4S)でのB中間子の実験データが、5月17日に先代のBelle実験の積分ルミノシティの711fb-1を上回り、世界最大となったことが確認された。6月4日時点の積分ルミノシティは757fb-1に到達。異なるエネルギーで収集したデータを加えた総積分ルミノシティは862fb-1に達しており、データ収集は6月末まで続けられる予定だ。そしてメンテナンスなどを挟んだあと、秋以降に再開される計画である。
大量の積分ルミノシティを蓄積するため、これまで精密な加速器の運転調整が進められてきた。高い積分ルミノシティのためには、高い瞬間ルミノシティでの安定した運転が不可欠だ。瞬間ルミノシティの向上には、高強度の電子・陽電子ビームの効率的な供給と蓄積リング内での高精度な制御が必要となる。また、安定運転の障害となっていた「ビームの突発的な消失現象」という未知の課題が解消されたことで、瞬間ルミノシティの世界新記録近傍での持続的な運転が可能になったという。
瞬間ルミノシティの世界新記録としては、2026年3月19日に、Belle実験時の記録の約2.5倍にあたる5.2×1034cm-2s-1が達成された。なお、cm-2s-1は瞬間ルミノシティを表す単位で、1cm2の断面積を持つ反応の1秒間あたりの衝突数を意味する。また、2026年に入ってからは、Belleの最良年と比較して平均して約3倍の速度でデータを蓄積できているという。これまでに蓄積されたデータの詳細な解析により、新物理の発見につながる探索が、今後、次々と実行されることが期待されている。
Belle II実験では、電子・陽電子の対消滅からB中間子と反B中間子以外の粒子が同時に生成されることはないため、B中間子の初期状態を厳密に決定できる「クリーンな測定」を特徴とする。これにより、ニュートリノなどのBelle IIでは検出できない粒子を含む崩壊過程の効率のよい測定や、B中間子崩壊過程の理論的不定性の少ない包括的な測定が可能となる。Belle IIの強みは、競争相手である欧州合同原子核研究機関(CERN)のハドロン衝突型加速器(LHC)の各実験が持つ極めて高い粒子生成率を活かした特定崩壊への卓越した感度と相補的な関係にあるという。
SuperKEKB加速器とBelle II実験は、最終的にBelle実験の約50倍に相当する50ab-1(インバース・アトバーン)の積分ルミノシティ蓄積を目標としている。その達成に向け、2032年ごろに予定されている加速器・測定器のアップグレードを含め、今後も性能を継続的に進化させていくとしている。


