2016年2月12日の新聞全国紙の朝刊トップは「重力波が検出された」にあいなりました。政治、経済、芸能そのほかで耳目を集めるニュースが飛び交うなかで、トップニュースってわけでございますな。ワタクシこと不肖しののめも、それにのっかちゃおうという話でございますー。ちなみに、英語で重力波は、グラビテーショナル・ウェイブ(Gravitational Waves)です。なんかかっこいいですな。

「アメリカで重力波がつかまった」というのが話題でございます。どこぞのスポーツ新聞の、「ネッシーつかまる」とか、「雪男つかまる」とか、そういう感じの扱いですが、ちっと違うらしいのであります。いわく「ガリレオが天体望遠鏡を使って以来の革新」「アインシュタインの宿題が提出された」とか、これくらいエライ人だしとけば、科学にうとい人でも知っとるやろ、みたいな言い方をマジメなみなさんがしているのです。

そればかりか、ライバルの研究者が、くやしがるどころか、手放しで喜び、祝福しているんですな。2015年のノーベル物理学賞を受賞された東京大学の梶田隆章さんは、日本で重力波を検出するチームのリーダーです。で、ノーベル賞の話より、こっちの話を記者会見で言っていたくらいなんですな。その梶田さんが、「研究者が待ち望んでいた歴史的快挙で、アメリカの研究チームを心から祝福したい」なーんて言っているのですな。これは「ワールドカップでアメリカが優勝したのを、日本の監督が喜ぶ」ようにも見えちゃうわけでございます。

今回は、2015年9月14日9時50分45秒(世界時、日本では18時50分45秒)に重力波が検知されました。信号をキャッチしたのは、aLIGO(アドバンスト・ライゴ)というアメリカの装置で、ワシントン州とルイジアナ州にある装置が同時に観測したんですな。

重力波は、ブラックホールが合体したときに出たものだそうで、ブラックホールの合体が観測されたのも史上初です。で、13億光年彼方にある、太陽の36倍と29倍の重さがあるブラックホールが合体して、太陽の62個分のブラックホールになり、太陽3個分の重さが消滅しました。そのさいのエネルギーが重力波として、13億年かけて、地球にやってきたんですな。

重力波は、ブラックホールが合体したときに出たもの。ブラックホールの合体が観測されたのも史上初

ところで、こういうニュースを見ると、ネッシーじゃないですが、重力波ってそんな珍しいものなんかいな、と思いますな。ところが、まったく珍しくないんですよー。

たとえば、いま、この記事を書くために、パソコンのキーボードをタイプしているのですが、これによっても重力波が発生しています。キーボードや手や指が動くことで、空間のゆがみが移動し、それが広がっていくのが重力波なんですな。まして、歩き回ったり、地球が太陽のまわりをまわったりすると、さらに大きな重力波が発生します。

これは、ちょうど100年前! 1915年~16年にかけてアインシュタインが発表した一般相対性理論のなかでいったことです。重力というのは、物体同士の間に働く力、ではなく、物体によって空間がゆがむことによって、見かけ上見える現象なんだってことをいっています。で、空間がゆがむので、物体が動いてゆがみかたが変わると、それが波になって伝わる。それが重力波なんでございます。ちなみに、一般相対性理論の方程式をひねくると、ブラックホールの存在が予言できるんですが(これはカール・シュワルツシルトさんが考えた)、これも1916年に発表されていて、今年はブラックホール100周年といってもよいのです。なんという偶然な。

では、そんなそれこそ「どこでもサイエンス」な現象が、なんでわからなかったか? というと、重力というのがあまりにも、あまりにも、小さな現象だからなんです。そういうと、あたしの体重が小さい話なんかい、という感じになりますが、そうなんですな。重力と同じで、身の回りにある力に、電磁気力てのがあります。サランラップがついたり、スマホで通信できたり、いやいや、身体がバラバラにならないのも、筋肉つかって身体を動かせるのも、電磁気力のおかげでございます。で、この力はやすやすと重力に勝ってしまうんですな。寝ぐせも重力に電磁気力が勝っている現象です。

ということで、重力波はそこらじゅうで発生しているのですが、あまりにもその存在が弱すぎて、とらえられなかったわけなんでございます。

では、今回どうやってとらえたかというと、とーっても長い棒を用意して、重力波の到達によって、棒がのび縮みするのを調べるという原理でやっています。棒は長ければ長いほど、ちょっとの変化がとらえられていいんですが、そんな長い棒は用意できないので、あわせ鏡とレーザーを使い、鏡と鏡の距離が変動するのをとらえるという方法を使いました。あわせ鏡の間の距離は4kmで、直角に交差させた2セットを用意します。ネイチャーのニュース記事の図がわかりやすいですな。また、グーグルマップでも野原の真ん中に、L字型のなにかが見えているので、それとわかります。


で、2015年9月14日に、この合わせ鏡の距離が、最大で陽子の1000分の1以下ほどフルフルっとふるえたんですな。ワシントン州とルイジアナ州に観測装置が2つあるのですが、同時に同じふるえ方をとらえ、それが予想されていたブラックホールの合体の波形と一致したのでございます。しかし、ようとらえたよねえ。そばで人間が尻餅ついただけで、そんなん狂いそうでございますが、そういう装置なんですね。これ応用したら、大地震でも絶対ゆれないタワーマンションとか作れそうですな(違)。

というわけで、アインシュタインが予言してから100年たって、ようやっと見つかった重力波なんですが、なんでライバルの日本も喜んだかというと、これで重力波研究の見通しがたったからなんですな。これから観測を開始するKAGRAという日本の観測装置も、ヨーロッパのaVIRGOも役に立つと、それどころかこれらを組み合わせることで「どこから」重力波がやってくるのか、方向もわかるようになる。で、わかればそこに望遠鏡をむけて、どんな天体かを調べることができるってわけでございます。音をきいて、ふりむいて、姿を見て確認できるってな感じでございましょうね。

そもそも、ブラックホールが合体するなんてことが「ある」ことが今回はじめてわかったわけです。というか、2つのブラックホールが近接して存在することがあるってことがわかったわけなんですな。じゃーどうやって、そんなもんできたんやろ? とか、実は予想よりもかなり重いブラックホールだってことがわかったので、それはまたどうやって、できうるんやろ? とか宇宙の "?" が増えたってわけでございます。

ところで、今回の発見ですが、9月に観測を開始して、9月にいきなり発見できたのでございます。当初は、中性子星がまわりあうのを見つけるって話だったのですが、重力波検出というそれだけでノーベル賞な現象にくわえ、もうひとつブラックホールの合体というこれまたノーベル賞クラスの現象を同時にみつけちゃったんですな。で、それ以降の非常にたっくさんのデータはまだ解析できてない宝の山状態なんですね。世界の科学者が熱狂するのもむりからぬことなんですね。

そして同等以上の装置KAGRAがある日本でもやるぞ、できるぞってな感じになったわけです。まあ、だれもわけいったことのない大陸が「ある」ことがわかり、これから探検の時代ってわけなんですな。そこに、どんな宝があるか、まったくわからないっていうことでございます。

さて、科学オタクな感じでついつい書いてしまいましたが、ちょっとクールに見てみましょうか。日本や欧米の新聞では、経済や政治やあれこれの芸能ニュースを押しのけて、この発見が一面トップになりました。世界には問題山積、身の回りにもいろいろなことがある。しかし13億光年かなたからきた、しかも、どっちからきたかよくわかんない非常に微弱な信号、直接は何の役にもたたない、この重力波の信号がトップニュースになるのでございます。この重力波は9月14日に、我々の身体もつきぬけていったわけなんですが、まるで感じることはありませんでした。

これは、なんというか、なかなか素敵なことだと思いますね。そう、はたからみると、SFの世界のニュースを見ているような感じですが、それがたったいま、ぼくらがすんでいる世の中で起きていることなんですな。

著者プロフィール

東明六郎(しののめろくろう)
科学系キュレーター。
あっちの話題と、こっちの情報をくっつけて、おもしろくする業界の人。天文、宇宙系を主なフィールドとする。天文ニュースがあると、突然忙しくなり、生き生きする。年齢不詳で、アイドルのコンサートにも行くミーハーだが、まさかのあんな科学者とも知り合い。安く買える新書を愛し、一度本や資料を読むと、どこに何が書いてあったか覚えるのが特技。だが、細かい内容はその場で忘れる。