東京大学(東大)とコアミックスの両者は6月4日、紙の本の方が電子書籍より脳の余分な活動を抑える「省エネ化」を引き起こすことを初めて明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 総合文化研究科の梅島奎立助教、同・砂田裕貴大学院生、同・酒井邦嘉教授、コアミックスの堀江信彦代表取締役社長らの共同研究チームによるもの。詳細は、自然科学から人文・社会科学まで、あらゆる分野を網羅するオープンアクセスの総合論文誌「PLOS ONE」に掲載された。
デジタル書籍との脳活動比較で見えた効果
同じ文章でも、紙で読んだ場合とモニターで読んだ場合とでは、記憶や理解に違いが生じ、紙の方が成績が良いとする先行研究が複数ある。紙の文書に比べ、デジタル文書は画面上の位置が不定で瞬時に切り替わってしまうため、視覚的・触覚的な空間の手がかりに欠け、記憶に残りにくいためと考えられている。
しかし、紙の効果を裏付けるような脳科学的証拠はなく、深い文脈理解を要する読書が脳のどの部位によって担われているかについても定説がないのが現状だ。そこで研究チームは今回、マンガの読書を対象としたテストを実施したという。
各話は前半と後半に分かれ、それぞれ2人の主人公の一方の視点のみで描かれている。前半部分をMRI装置に入る前に紙の本かタブレットで読み(参加者の半数は第1話・第4話を紙の本、第2話・第3話をタブレットで読み、残りはその逆)、後半はすべてMRI装置内でデジタル画面付きのゴーグルで読む実験が設計された(タブレットは装置付近への持ち込みが禁止のため)。なお、紙の本とタブレットでは、どちらも画面の明るさや大きさは同一だが、タブレットはタッチで画面が瞬時に切り替わるように設定された。
実験参加者は大学生・大学院生25名で、そのうち13名(2名は紙版のみ、3名は電子版のみ、残りは両方)は日常的にマンガを読んでいる。参加者は、後半のマンガを読む際に見開きページごとに主人公に対する共感度を4段階で報告し、内容に関する問題の解答時は4択から選択した。
問題は各話6問ずつ用意され、前半のみで答えられる問題(Set 1)と、前後半両方を読まないと答えられない問題(Set 2)が各話ごとにほぼ半々になるように作成された。前後半で基本の物語は同じため、2つのセットに記憶の負荷などに違いはないが、情報を統合する必要のあるSet 2の方が言語と物語構造を処理する負荷がより高いことが予想された。
まず問題解答については、タブレット条件ではSet 2に対する反応時間の平均値が他より有意に長くなることが示された(正答率に有意差はなし)。
また正答の試行に絞り、ストーリーを共有する各話ごとに反応時間の差が比較された。すると、タブレット条件のみSet 2の負荷が高くなることが判明。この結果は、タブレットで読んだ前半の内容を後半と統合しながら理解する際、紙の本よりも余分な負荷が生じており、十分に咀嚼できていなかったことを意味するとした。
-

問題解答における紙とタブレットの違い。(左)各話の前半の読書条件(紙/タブレット)と、問題セット(Set 1/Set 2)ごとの解答反応時間(RTs)を示すグラフ。(右)正答試行において、負荷の高いSet 2の反応時間からSet 1の反応時間を各話ごとに差し引いたところ(ΔRTs)、タブレット条件でのみ有意な増加が見られた。(出所:東大Webサイト)
次に、問題解答時の脳活動が調べられたところ、両条件に共通で、左脳の言語野が強く活動していることが確認された。マンガ読書時でも、タブレットで同様の脳活動のパターンが見られた一方、紙ではこの言語野の活動がほぼ見られなかったとした。実際、問題解答時の脳活動から、マンガ読書時の脳活動を差し引くと、紙の言語野にのみ活動が残った。この結果から、前半の内容を紙の本を通して理解することで、後半の読書時に言語野の活動が節約されたことが明らかにされた。
-

問題解答時とマンガ読書時の脳活動の比較。各話の前半を紙(左列)またはタブレット(右列)で読んだ際の脳活動。(a)問題解答時。(b)各話の後半のマンガ読書時。(c)問題解答時からマンガ読書時の活動を差し引いた結果。紙条件では、黄色の丸で示された領域(左脳の運動前野外側部と下前頭回)の活動のみが残ることが示された。(出所:東大Webサイト)
さらに、問題解答時の脳活動を問題セット別に調べたところ、両条件に共通してSet 2に対して右脳の前頭葉が副次的に活動していることが確認された。Set 1に対しても、タブレットでは同様の脳活動のパターンが見られた一方、紙ではこの右脳の前頭葉の活動が見られなかったとした。実際、Set 2解答時の脳活動からSet 1解答時の脳活動を差し引くと、紙条件では右脳の前頭葉にのみ活動が残ったとする。この結果から、前半を紙の本で読むことで、Set 1解答時に右前頭葉の補助的な活動が節約されたことが明らかになった。
-

問題セット別の解答時における脳活動の比較。各話の前半を紙(左列)またはタブレット(右列)で読んだ後の脳活動。(a)Set 2解答時。(b)Set 1解答時。(c)Set 2からSet 1の活動を差し引いた結果。紙条件では、黄色の丸で示された領域(右脳の運動前野外側部と下前頭回)の活動のみが残ることが示された。(出所:東大Webサイト)
以上の結果から、紙の本を読むことがその後の脳活動の省エネ化をもたらす「前向き効果」が初めて実証された。この活動の節約は、中核的な統合過程を司る言語野と、補助的な統合過程を担う右前頭葉の両方に見られることが明らかにされ、紙の本の読書が脳の思考過程を促進する可能性が示された。
今回の研究により、紙の本を読むことの有効性が脳科学的に実証された。教育現場でデジタル教科書の導入が進んでいるが、今回の結果から、その教育効果については慎重な検討が必要だとする。実際、教科書のリンクやネット検索は、子供たちが自分で考える前に情報を参照する習慣を生む。紙の本の脳科学的効果を実証した今回の知見は、こうした学校教育の現状を考える上でも示唆を与えるものとした。
酒井教授の研究室は今後も、ヒトの脳における言語や芸術における創造性のメカニズム解明を目指す方針だ。またコアミックスは、時代と共に変化する表現媒体を研究し、それぞれに適した表現を追求することで、読者とマンガ制作者にとっての新たな可能性を広げていくとしている。
