理化学研究所(理研)と筑波大学の両者は6月30日、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」で培養した細胞を解析した結果、細胞が重力を感知して、ミトコンドリアでタンパク質を合成する「ミトコンドリア内翻訳」を活性化させるメカニズムを発見したと共同で発表した。

  • 重力によるMt内翻訳の調節の概要

    重力によるMt内翻訳の調節の概要。(generated by Issei Takahashi)(出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、理研 開拓研究所 岩崎RNAシステム生化学研究室の岩崎信太郎 主任研究員、同・脇川大誠 特別研究員、同・木村悠介 大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)、同・水戸麻理テクニカルスタッフI、同・斉藤大寛 大学院生リサーチ・アソシエイト(研究当時)、同・七野悠一 上級研究員(現・客員研究員兼筑波大 医学医療系 教授)らの国際共同研究チームによるもの。また、ISSでの実験は野口聡一宇宙飛行士が担当した。詳細は、英科学誌「Nature」系の旗艦オープンアクセスジャーナル「Nature Communications」に掲載された。

宇宙実験で外的情報の細胞内への伝達経路を同定

微小重力や低重力は、筋量や骨密度の減少など、人体に生理的な悪影響を及ぼすことが知られている。しかし、細胞単位での重力の影響、中でもタンパク質の合成過程である「翻訳」への影響については未解明な点が多かった。そこで研究チームは今回、ISSで培養したヒト細胞などを用い、翻訳について網羅的な解析を行ったという。

細胞内のタンパク質合成は、小器官「リボソーム」がmRNAを読み取って行う。今回の研究では、「リボソームフットプリント」という短いRNA断片を生成・回収し、次世代シーケンサーでその配列を読み解くことで、mRNA上に存在するリボソームの位置や数量などを網羅的に解析する「リボソームプロファイリング法」(以下、リボP法)が用いられた。分析の結果、ISSで培養された細胞のうち、一部の細胞質mRNAで翻訳の減少が生じること、特に「ミトコンドリア内翻訳」(以下、Mt内翻訳)が顕著に減少することが見出された。

ミトコンドリアは、細胞内でエネルギーの通貨に例えられる「ATP(アデノシン三リン酸)」の主要な供給源だ。核DNAとは異なる独自のDNAを持ち、Mt内翻訳は、そこから転写されたmRNAを専用のミトコンドリア・リボソームが読み解くことで行われる。細胞質での翻訳とはまったく仕組みが異なるが、リボP法では双方の翻訳を同時に解析することが可能だ。

  • リボP法による微小重力が翻訳に与える影響の解析

    リボP法による微小重力が翻訳に与える影響の解析。(A)ISSの微小重力および遠心機による1G環境下で細胞を培養し、サンプルが作製された。(B)リボP法は、細胞質翻訳とMt内翻訳の同時解析が可能だ。(C)ISS上での微小重力による翻訳への影響の網羅的定量。横軸は、解析に用いられた全サンプルデータから得られたリード数を平均化・標準化した数値を示す。縦軸は1G環境と比較し、微小重力環境で生じた翻訳変化量の対数比を表す。(出所:共同プレスリリースPDF)

次に、ヒト培養細胞の結果が、個体でも再現されるのか、また種を超えて起きる現象であるのかを調べるため、ISSで培養された線虫を用いてリボP法が実施された。その結果、同様にMt内翻訳の減少が観察された。さらに、遠心力を利用した地上での疑似微小重力環境での再現実験でも、同様の結果となった。

微小重力下の細胞は「細胞接着」の強度が弱まることから、それがMt内翻訳の減少に影響しているとする仮説が立てられた。まず、Mt内翻訳の細胞接着への依存性が検証された結果、細胞外基質の基底膜分子「ラミニン」の増加と同時に、Mt内翻訳の増加が確認された。そこで、ラミニンを増加させた条件で、疑似微小重力における翻訳をリボP法で解析したところ、疑似微小重力の影響と拮抗してMt内翻訳の減少が軽減され、仮説の正しさが実証された。

  • リボP法による疑似微小重力が翻訳に与える影響の解析

    リボP法による疑似微小重力が翻訳に与える影響の解析。(A)地上実験室における疑似微小重力環境での細胞培養およびサンプル作製。(B)地上実験室における疑似微小重力による翻訳への影響の網羅的定量。横軸は、解析に用いられた全サンプルデータから得られたリード数を平均化・標準化した数値を示す。縦軸は1G環境と比較し、疑似微小重力環境で生じた翻訳変化量の対数比を表す。(C)ラミニン処理によって細胞接着が強まると、Mt内翻訳がより活性化される。縦軸は、対照実験条件の平均値を1とした時の相対量を表す。(D)疑似微小重力による翻訳への影響の網羅的定量。ラミニン処理によってMt内翻訳への影響が拮抗し、翻訳抑制が低減される。(出所:共同プレスリリースPDF)

続いて、細胞接着からMt内翻訳に至るシグナル伝達経路を調べるため、まずラミニンから「インテグリン」への経路が注目された。インテグリンは、ラミニンに結合する細胞膜タンパク質であり、細胞質側ではリン酸化酵素「FAK」と結合する。FAK遺伝子のノックダウン実験により、同酵素がラミニン依存的なMt内翻訳の活性化に重要な役割を果たしていることが突き止められた。

次に、多様なFAKの下流でどの因子や経路がMt内翻訳に情報を伝達しているのかを確かめるため、阻害剤実験が実施された。その結果、最上流のFAKに続き「RAC1」→「PAK1」→「BAD」→「Bcl2ファミリータンパク質」という経路が機能していることが見出された。

Bcl2ファミリータンパク質はミトコンドリア外膜上に存在する。その一方で、Mt内翻訳はミトコンドリアの内膜に囲われたマトリックスで起こるため、ミトコンドリア内部におけるメカニズムが調べられた。その結果、ミトコンドリア内の脂肪酸合成経路が重要な役割を果たしていることが明らかにされた。

ミトコンドリア内で起こる脂肪酸合成では、2炭素供与体「マロニルコエンザイムA」(マロニルCoA)を基質にするが、その合成が弱まると同供与体が蓄積する。その結果、高濃度化したマロニルCoAが酵素非依存的にタンパク質のリシン残基に結合する「マロニル化」が進行することが知られている。

以上のことから、細胞接着により脂肪酸合成が促進される一方で、細胞接着が弱まるとMt内翻訳機構のマロニル化が生じ、それによってMt内翻訳が抑制されることが明らかにされた。

  • 細胞接着からミトコンドリア外膜までの情報伝達およびミトコンドリア内での制御機構

    細胞接着からミトコンドリア外膜までの情報伝達およびミトコンドリア内での制御機構。(A)阻害剤実験の結果、細胞接着からMt内翻訳に至るシグナル伝達経路は、上流から下流へFAK→RAC1→PAK1→BAD→Bcl2 ファミリータンパク質の順だった。略称は、p:リン酸化、GTP:グアノシン三リン酸。(B)細胞接着が強いと、マロニルCoAを基質として脂肪酸合成が進む。一方で、細胞接着が弱くなると、Mt内翻訳のシステムのマロニル化が生じ、Mt内翻訳が抑制される。(出所:共同プレスリリースPDF)

通常、地上の生命は1G環境下で進化してきたため、今回明らかにされた反応が単に微小重力への応答機構として備わっているとするのは不自然であり、別の生理的意義がある可能性が考察された。特にラミニン-インテグリンによる細胞接着の経路は、運動などの機械的ストレスによって活性化するため、この経路を介したMt内翻訳の増強システムが本来備わっているとする仮説が立てられた。そこで、機械的ストレスが最小化されたマウスの骨格筋モデルを用いてリボP法を実施したところ、同様にMt内翻訳の減少が観察されたとした。

  • リボP法による機械的ストレス最小化が翻訳に与える影響の解析

    リボP法による機械的ストレス最小化が翻訳に与える影響の解析。(A)マウスを機械的ストレス最小化条件に置き、飼育。そのマウスと対照実験のマウスの骨格筋から細胞抽出液が作られた。(B)骨格筋の細胞抽出液から機械的ストレス最小化による翻訳への影響の網羅的定量。Mt内翻訳が減少した。横軸は解析に用いたサンプル全てのデータから得られたリード数を平均化・標準化した数値を示す。縦軸は対照実験条件と比較し、機械的ストレス最小化条件で生じた翻訳変化量の対数比を表す。(出所:共同プレスリリースPDF)

今回の成果により、微小重力下での安全な長期滞在を可能にするには、Mt内翻訳の減少に端を発するミトコンドリアへのダメージを克服する必要があることが明らかにされた。この成果を通じ、宇宙生物学/宇宙医学における重力欠損環境下でのミトコンドリアによるエネルギー代謝の理解が進むことが期待されるとした。さらには宇宙環境に限らず、今回の成果は通常生活における老化や筋萎縮、機械的ストレスに関連する疾病の病態解明に直結するものになるとする。また、Mt内翻訳を標的とした創薬研究にもつながる成果としている。