ヒトが他者の表情を読み取る際に、相手の表情だけでなく、読み取る側の気分も深く関係することを明らかにしたと、東京理科大学、英エクセター大学、東京大学の3者が8月3日に共同発表した。

  • 動画視聴後の気分状態 (出所:理科大Webサイト)

    動画視聴後の気分状態 (出所:理科大Webサイト)

同成果は、理科大 教養教育研究院 野田キャンパス教養部の市川寛子教授、理科大大学院 創域理工学研究科 生命生物科学専攻の安達勁亮大学院生(研究当時)、同・柏美優大学院生(研究当時)、エクセター大 医学部の小黒-安藤麻美講師(理科大 薬学部 客員研究員兼任)、東大大学院 新領域創成科学研究科の岡田真人教授、同・清水将海大学院生(研究当時)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

他者の表情を認識することはコミュニケーションを図る上で重要であり、それができないと、余計な一言で他者を怒らせる、傷つけるといったトラブルを招いてしまうことがある。表情の認識は、観察者自身の気分の影響を受けることが知られており、その背景にある心理現象は「気分一致効果」と呼ばれている。この効果とは、自分の現在の気分と一致する情報(記憶や認識)を、そうでない情報よりも思い出しやすい、あるいは認識しやすいというものである。

また、気分一致効果については、特にポジティブな気分にある人は、他者の表情をよりポジティブに認識しやすく、その傾向の強さは「共感性」といった個人特性によっても変化することが示されている。加えて、抑うつ傾向を持つ人は、他の表情と比べて、笑顔などの喜びの表情の認識に特有の困難を抱えることが報告されている。そこで研究チームは今回、これらの知見を踏まえ、ポジティブな感情状態にある人が、かすかな笑顔をより正確に認識できるのかどうかを検討することにしたという。

今回の研究では、53名の成人(男性22名、女性31名)を対象とした実験が行われた。コメディ動画によって気分を誘発した群と、天気予報動画を視聴した群を比較し、モーフィング処理を施したかすかな笑顔(表情の強度10〜30%)に対する正答率に違いが現れるのかどうかが検証された。モーフィング処理とは、ある表情から別の表情へと、コンピュータ処理によって連続的・段階的に変化していくように画像を加工する手法のことである。

また、10〜30%というあえて強度の低い表情が刺激として用いられたのは、「天井効果」を避けるためである。同効果は、テストや測定において、多くの参加者が満点や上限に近いスコアを取ってしまい、それ以上スコアが伸びなくなる現象のことである。さらに、コロナ禍を経験した社会状況も考慮し、マスクを着用した顔画像も実験に組み込まれた。

実験の結果、天気予報動画を視聴した群と比較して、コメディ動画を視聴した群は、ネガティブ感情の得点が有意に低く、ポジティブ感情の得点が有意に高いという結果が得られたという。また、マスクなしの顔では、かすかな笑顔の認識率がコメディ動画視聴後に向上することが確認された。

つまり、「自身の気分が良いと、他人のポジティブな感情に敏感になる」という気分一致効果が働いていることが判明したのである。一方、マスクありの顔では表情の判断が難しくなり、同様の効果は見られなかったとした。

  • マスク非着用時におけるかすかな笑顔の認識率 (出所:理科大Webサイト)

    マスク非着用時におけるかすかな笑顔の認識率 (出所:理科大Webサイト)

データ中にある傾向やパターンを、事前の仮説なしに探る分析手法である「探索的分析」を用いた結果から、気分一致効果の強さには個人差が関係することが示唆された。相手の立場に立って考える力が高い人ほど、コメディ動画視聴後にかすかな笑顔の認識率が向上することが確かめられた。また、コメディ動画視聴によって気分の落ち込みが軽減した人ほど、同様の効果が強く見られ、この傾向は普段抑うつ傾向が高い人でも確認されたとした。これらの結果は、共感性や抑うつ傾向などの個人差が、気分一致効果の生じやすさを左右する可能性を示唆しているという。

今回の研究を主導したエクセター大の小黒講師は、「コロナ禍で多くの都市で外出制限やロックダウンが実施された際に、漫才などのお笑いのコンテンツを見ることで気分が軽くなったことを研究したいと持ち掛けました」と今回の研究の動機を語った。

一方、研究チームの責任者である理科大の市川教授は今回の研究に対し、「小黒先生のお話を聞いて、私は表情の研究を専門にやっていたので、他者の表情の見え方も変わってくるのではと考え、この研究を着想しました。今後、より自然な対人場面での検証を進めることで、教育・福祉・医療・職場など、人の感情理解が重要となる場面において、円滑なコミュニケーションを支援する方法の開発につながる可能性があります」とコメントしている。