東北大学は5月20日、2025年に国土交通省が実施した「河川水辺の国勢調査(ダム湖版)」での動物プランクトン試料を解析したところ、愛知県豊根村の国直轄の新豊根ダム(みどり湖)に、日本には生息しない独特な携帯を持つ北米原産のミジンコ「D. retrocurva」が生息していることを確認し、同種が北米以外から初めて記録されたことを発表した。
同成果は、東北大大学院 生命科学研究科の牧野渡助教、同・占部城太郎名誉教授らの研究チームによるもの。詳細は、生物種の地理的分布や生物多様性データを専門に扱うオープンアクセスジャーナル「Check List:the journal of biodiversity data」に掲載された。
一方、ダム湖の造成、船舶や漁業活動、放流、採水・調査活動など、人間活動によって水域間の物質や生物の移動機会は増加している。ミジンコは乾燥や低温に強い休眠卵を作る種も多く、泥や水、魚類、鳥類、機材などに付着して長距離を移動する可能性があるため、本来の分布域を越えて新たな水域に定着する外来動物プランクトンの実態把握が重要視されるようになってきた。
そこで研究チームは今回、国土交通省と水資源機構など(一部の都道府県でも実施)が全国の河川・ダム湖などで実施している「河川水辺の国勢調査」の一環として、2025年10月1日に愛知県北設楽郡豊根村の新豊根ダム湖(みどり湖)で採集した動物プランクトン試料を解析したという。
具体的には、ダム湖の水深62mの湖底付近から水面までプランクトンネットを引き上げて試料を採集し、得られた試料を顕微鏡で観察したところ、在来種とは異なり、頭部が反り返ったヘルメット状の形態を持つミジンコが発見されたとした。頭部の形状、単眼の有無、触角の遊泳剛毛、腹部末端の爪に並ぶ棘(櫛列)の形態などが、北米のみに分布しているはずのD. retrocurvaの特徴と合致していたという。
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D. retrocurvaの各種の画像。(A)成熟個体。(B・C)幼若個体。(D)後腹部突起。(E)尾爪にある櫛列(赤矢印)。第二触覚の遊泳剛毛((A)の赤矢印)や、後腹部突起、尾爪の櫛列などの形態は、Daphnia属の種判別に重要な形質であり、いずれもD. retrocurvaの特徴を示しているという。(出所:東北大プレスリリースPDF)
次にD. retrocurvaかどうか詳細に調査するため、プランクトン試料から無作為に選んだ12個体について、1個体ずつDNAを抽出し、ミトコンドリアDNAの3領域(COI、12SrDNA、ND2)の塩基配列の解析が行われた。その結果、12個体すべてで、各遺伝子領域につき1種類のハプロタイプしか検出されず、個体間の遺伝的な違いは確認されなかったとした。なお、ハプロタイプとはDNA配列の違いに基づいて区別される遺伝的な型のことだ。
さらに、COI領域の塩基配列が国際塩基配列データベースと比較されたところ、新豊根ダム湖の個体は北米産のD. retrocurvaと98%以上の高い一致率を示した。特に、カナダ・エリー湖で採集された個体とは658塩基中1塩基しか違いがなかったという。また、12SrDNA領域の塩基配列も、北米産のD. retrocurvaと一致。これらの形態学的特徴とDNA解析の結果から、新豊根ダム湖で採集されたミジンコはD. retrocurvaと同定された。
今回の発見は、D. retrocurvaが北米以外で確認された初めての事例となる。日本では19世紀末からミジンコ類の研究が行われてきたが、同種はこれまで確認されていなかった。また、中国、韓国、ロシア極東など、近隣地域の研究でも同種はこれまで報告されていなかったため、新豊根ダム湖の個体群は、東アジアに古くから自然分布していたものではなく、比較的最近、何らかの人間活動に伴って持ち込まれた外来種であると推測された。
実際、日本の個体と北米の個体のDNA配列にはほぼ差がなく、新豊根ダム湖の12個体からは同一のハプロタイプしか検出されなかった。このような低い遺伝的多様性は、少数の個体または休眠卵が導入されて定着した可能性を示唆しているとする。
新豊根ダム湖では、北米原産のオオクチバスやブルーギルなどの外来種も確認されている。ただし、D. retrocurvaがどのような経路で持ち込まれたのか、またなぜ現時点で新豊根ダム湖でのみ確認されているのかは明らかになっていない。今回の成果により、淡水生態系における外来生物の侵入が、魚類や水草などの目に見えやすい生物だけでなく、微小な動物プランクトンにも及んでいることが示された形となった。
なお、D. retrocurvaでは、プランクトン食魚や肉食性の節足動物などによる捕食圧や水温に応じて頭部のヘルメット状構造が発達することが知られている。新豊根ダム湖でも、季節や魚類の活動によって頭部の形態変化が起きているのか、また同種にとって出会うことのなかった日本在来の捕食者に対してこの形態が防御効果を持つのかは、今後の重要な研究課題とする。さらに、同種の在来動物プランクトン種に及ぼす影響や天然湖沼や他のダム湖への分布拡散についても明らかにする必要があるとした。
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D. retrocurvaの分布域。これまで、北米西海岸域および東海岸側の一部の地域(図中の赤枠内)でしか発見されていなかった。日本の赤丸は、新豊根ダムの位置を示している。(出所:東北大プレスリリースPDF)
今回の成果は、河川やダム湖に生息する生物の分布や生息環境を継続的に把握するため、1990年から35年にわたって実施されている「河川水辺の国勢調査」によって得られた試料を活用したものだ。今回のように、これまでは国内で確認されていなかった微小な外来生物の発見にもつながる定期的・広域的な生物調査データの蓄積は、外来生物の侵入や淡水生態系の変化を早期に検出し、生物多様性の保全に役立つ重要な基盤になるとしている。
