海洋研究開発機構(JAMSTEC)、横浜市立大学(横市大)、東京大学(東大)の3者は6月25日、深海熱水噴出域に電気エネルギーを使って増殖する細菌がいることを実証すると同時に、ゲノムデータベースの解析から「電気合成」を行う細菌が世界中の同域に広く分布していることが示唆されたと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 大学院生(研究当時)兼JAMSTEC 超先鋭研究開発部門 研究生(研究当時)の増川日向子氏、横市大大学院 生命ナノシステム科学研究科 生命環境システム科学専攻 大学院生(研究当時)兼JAMSTEC 超先鋭研究開発部門 研究生(研究当時)の小林瑠那氏、東大大学院 農学生命科学研究科 応用生命工学専攻の新井博之特任教授、JAMSTEC 生命地球科学研究部門 副主任研究員兼横市大大学院 生命ナノシステム科学研究科 生命環境システム科学専攻 客員准教授の山本正浩氏らの共同研究チームによるもの。詳細は、国際微生物生態学会がオックスフォード大学出版局から刊行する旗艦論文誌「The ISME Journal」に掲載された。
生命による新たな自然エネルギー利用形態
生物の多くは、生命活動の中で電気を巧みに利用しているが、中には細胞外の電極や鉱物と直接電子をやり取りする「電気活性微生物」と呼ばれる微生物も存在する。同微生物は細菌、古細菌、真核生物にまたがる多様な系統を持ち、さまざまな環境に広く分布していることが確認されている。
これらは電子の流れの方向により2つに大別され、電子を外部へ放出する「発電菌」と、外部から電子(電気)を取り込む「電気栄養性菌」が存在する。後者は、細胞外の電子を取り込み、細胞内膜の呼吸鎖へ供給することで、生体エネルギーへと変換する仕組みを持つ。言い換えれば、外部から供給される電気を直接栄養源として利用する生物である。
さらに一部の電気栄養性菌は、この電気由来の生体エネルギーを用いて二酸化炭素(CO2)から有機物の合成を行う「電気合成」(光合成の電気版)を行うことが知られている。これは、電力をそのまま生物学的な物質生産へと変換できることを意味する。この特性は、再生可能エネルギー由来の電力を起点とする、微生物によるバイオものづくりやカーボンリサイクルを実現する技術基盤として注目されている。
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電気活性微生物の概念図。同生物は細胞外の固体物質と直接電子をやり取りできる特性を持つ。そのうち電子を細胞外に放出するものを「発電菌」、細胞内に取り込むものを「電気栄養性菌」と呼ぶ。さらに、電気栄養性菌の中でCO2から有機物合成を行うものが「電気合成菌」だ。(出所:共同プレスリリースPDF)
しかし、微生物電気合成に関する先行研究の多くは、人為的に設計された電気化学条件で行われており、自然環境において電気合成が成立するのかどうかという点についてはほぼ未解明だった。自然界では、さまざまな環境で微弱な電流が発生していると考えられるが、電流発生の量や空間の制約などにより、その実態把握が困難だったためである。
そうした中で、特異な環境を提供する場として、深海熱水系が注目されている。JAMSTECはこれまで、深海熱水噴出域が天然の放電場として機能することを報告してきた。このような安定的放電場は電気合成微生物にとって有利な環境であると推測されている。実際、同域で行った現場微生物培養において、電気合成細菌と予想される微生物が優占したことがこれまでの研究で明らかにされていた。
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深海熱水噴出域の放電現象の概念図。(右)熱水中の硫化水素や水素から放出された電子は、導電性の硫化鉱物岩石を伝って海水側へ運ばれる。この電子をエネルギー源としてCO2を固定しながら生育する電気合成微生物の存在が、今回の研究で実証された。(左)以前から知られる化学合成微生物。熱水から拡散した硫化水素や水素を直接細胞内に取り込んでエネルギーを得る仕組みだ。(出所:共同プレスリリースPDF)
そこで研究チームは今回、深海熱水噴出域の放電条件を実験室で模擬的に再現し、微生物の培養を実施。培養液内の微生物の種類や細胞増殖を観察することで、この放電環境で電気合成的に生育できる微生物の探索を行ったという。
今回の研究では、中部沖縄トラフの深海熱水噴出域から採取した岩石片試料を人工海水で満たした電気化学リアクター内に設置し、熱水と同等の電位を岩石片に与えることで同域での放電現象が実験室内に再現された。そして、この岩石片を微生物接種源として微生物培養が行われた。
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実験室の電気化学リアクター内に再現された深海熱水系の放電場。深海熱水噴出域から採取した導電性の岩石片サンプルに、ポテンショスタット(定電位電解装置)で同域と同程度の電位が与えられた。放電量をモニターしながら、生育する微生物の解析が行われた。(出所:共同プレスリリースPDF)
培養された微生物叢を解析したところ、「チオミクロラブダス属細菌」の1種「SREC-4株」の細胞が増殖し、微生物群集の中で高度に優占していることが観察された。培養の途中で放電源を岩石片からカーボンフェルトに入れ替えてもSREC-4株の増殖と優占が観察された。この培地中には有機物は含まれておらず、エネルギー源は岩石片またはカーボンフェルトから供給される電気のみであり、炭素源も培地中のCO2のみだった。
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チオミクロラブダス属細菌SREC-4株の細胞濃度と存在率の時間変化。(左)培養液中の同株の細胞濃度。(右)培養液中の微生物群集中の同株の存在率(黄色)。培養は、唯一のエネルギー源として電気、唯一の炭素源としてCO2を与える条件で行われた。(出所:共同プレスリリースPDF)
さらに、SREC-4株がCO2由来の炭素を細胞内に取り込んで有機物に変換していることも観察された。加えて、同株のゲノムに電気合成能力に必要な遺伝子群が保持されていることも判明。これらの結果により、SREC-4株が深海熱水噴出域の放電条件で電気合成的に生育できることが明確に示されたのである。
また、チオミクロラブダス属細菌は海水環境に遍在するが、これらのうち電気合成を行えるものは深海熱水噴出域から発見された種に限られ、その分布は世界中の熱水噴出域に及ぶという解析結果が得られたとした。このことから、自然界における放電環境と微生物の電気合成能力が強くリンクしていることが示唆された。
今回の研究により、自然環境、特に深海熱水噴出域の放電場において、微生物が電気を直接利用して生育できることが示された。これは、太陽光や有機物、硫化物だけでなく、自然界に存在する微弱な電気も生命活動を支えるエネルギー源となり得ることを意味している。
深海熱水噴出域は生命起源の有力候補地の1つであり、今回の研究成果は、電気を利用した代謝機構が初期生命の誕生や進化に関与していた可能性を示唆するという。また、生命が存在可能な環境の理解にも新たな視点を与えることが期待されるとした。
なお、自然環境に形成される微生物群集の大部分は未分離であり、その機能も未解明だ。今後、電気活性微生物の電子輸送機構や電気合成微生物の生育特性を解明することで、地球規模の物質循環における電気エネルギー利用の理解が進むことが期待される。さらに、電力を利用したバイオものづくりなどの応用展開にもつながる可能性があるとしている。
