広島大学、京都大学(京大)、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、分子科学研究所(分子研)、大阪公立大学(大阪公大)、国立極地研究所(極地研)の6者は6月12日、探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った粒子について、大気曝露実験と電子顕微鏡・放射光X線分光分析を行い、地球帰還後、数週間のうちに変質が始まり、数か月のうちに周囲の鉱物や有機物へ影響が広がることを明らかにしたと共同で発表した。

同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科の宮原正明准教授、京大 理学研究科の野口高明教授、同・松本徹特定助教(京大 白眉センター兼務)、JAMSTEC 物質地球科学研究部門 高知コア研究所の富岡尚敬上席研究員/研究所長代理(同・研究所 鉱物・地球化学研究グループ グループリーダー兼任)、分子研 極端紫外光研究施設の荒木暢主任研究員(研究当時)、京大 理学研究科の三宅亮教授、同・伊神洋平准教授、大阪公大大学院 理学研究科の瀬戸雄介准教授、極地研 先端研究推進系の山口亮准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の旗艦オープンアクセスジャーナル「Nature Communications」に掲載された。

「はやぶさ2」が持ち帰った試料からまた新たな成果

地球のように分厚い大気や気象変化を持つ惑星の岩石とは異なり、月や小惑星などの岩石は天体誕生時の条件を保存しているとされる。特に微小天体は「太陽系のタイムカプセル」などと称される。リュウグウから持ち帰られた試料に対する研究は進展し、さまざまなことが明らかにされてきた。同試料には含水鉱物や有機物などが含まれており、初期太陽系における水質変成や有機化学進化を解き明かす鍵になると考えられている。

こうした試料は、水や酸素が豊富な地球環境に対して非常に敏感であり、帰還後の保管・輸送・分析の過程で変質するリスクが常に存在する。しかし、どの鉱物が最初に変質し、その影響が周囲へどのように広がるのか、またその速度については未解明な点が多い。そこで研究チームは今回、リュウグウ粒子を載せた試料プレートを用い、温度20~23℃、相対湿度30~40%の条件で大気曝露実験を行うことにしたという。

今回の研究では、試料の追跡が数週間から数か月にわたって実施された。その後に、走査電子顕微鏡、透過電子顕微鏡、放射光X線吸収分光法を用いて、表面および内部の変化が詳細に調べられた。その結果、以下のことが判明したとする。

まず、「数週間で磁硫鉄鉱の表面変質が始まる」という点だ。磁硫鉄鉱は、鉄と硫黄からなる硫化鉱物で、水との反応性が高く、地球大気中で酸化しやすいことを特徴とする。リュウグウ粒子中にも磁硫鉄鉱が含まれており、地球大気にさらされた結果、表面から酸化が始まり、鉄・酸素に富む、原子の配列に規則性のないアモルファスな変質層を形成することが確認された。

  • 大気曝露前後の磁硫鉄鉱

    (左)リュウグウ試料中の磁硫鉄鉱の大気曝露前の電子顕微鏡像。(右)大気曝露後の画像。赤矢印は、磁硫鉄鉱の酸化によってできた鉄と酸素に富む変質物を示す。(出所:広島大プレスリリースPDF)

次に、「数か月のうちに周囲の鉱物や有機物にも変質が広がる」ことが明らかにされた。まず磁硫鉄鉱が酸化することで、酸性・酸化的な環境が局所的に生じ、その結果として周囲にある「フィロケイ酸塩」(水の働きを調べる手がかりとされる、層状の結晶構造を持つケイ酸塩鉱物)が部分的にアモルファス化することが判明。さらに、有機物にもナノスケールのバブルや炭素・酸素に富む沈殿層が形成されたという。つまり、磁硫鉄鉱の酸化が起点となって、周囲の物質の連鎖的な変質が進んでいくことが突き止められたのである。

続いて、磁硫鉄鉱の変質層の厚さから、初期段階の変質速度の定量化が行われた。その結果、約0.1nm/日と見積もられた。これは、地球帰還後の比較的短い時間スケールでも、重要な鉱物学的・化学的情報が失われ得ることが示唆される速度とした。

さらに、乾燥空気中や窒素雰囲気下、室温付近での保管といった、一般的なキュレーション(試料を汚染や変質から守りながら保管・管理し、研究者に提供するための作業全般を指す)条件下でも、変質が進行し得ることが示された。

これらの結果は、帰還試料の保管において、単に不活性ガスを使うだけでなく、低温・低酸素・低湿度を一体として管理する必要があることが示されている。特に、室温付近ではナノメートルスケールの変質が日単位で進み得るため、試料の保管や分析はできる限り低温・低酸素・低湿度で行う必要があるとした。

研究チームは今後、より多くのリュウグウ粒子を対象に同様の解析を進め、鉱物の種類や粒子の細かな組成の違いによって、変質の進み方がどのように変化するのかを明らかにしていく方針だ。さらに、今回の研究で得られた知見を活かし、米国航空宇宙局(NASA)の探査機「OSIRIS-REx」(現「OSIRIS-APEX」)が持ち帰った小惑星ベンヌの試料、宇宙航空研究開発機構(JAXA)主導で行われる火星衛星探査計画「MMX」で回収予定の衛星フォボスの試料、NASAや欧州宇宙機関(ESA)の連携で計画されている火星の試料など、複数のサンプルリターン試料について、より適切な保管・輸送・分析方法の確立に役立てることを考えているとした。

これまで、地球外物質が地球環境の中で変質してしまうことは、隕石研究においても長年の大きな課題だった。例えば、リュウグウ試料と比較される炭素質コンドライト隕石は、南極探査によって回収され、キュレーション施設で保管されている。しかし、これらの隕石にも磁硫鉄鉱が含まれており、その酸化によって変質が進み、岩石表面に白色の風化生成物が生じることがあるという。今回の研究により、施設で適切に保管されている試料であっても、条件によっては変質を完全には防げない可能性が示された。地球外試料が本来有していた重要な科学情報を守るためには、今後、さらに厳密な保管条件を検討していく必要があるとしている。

  • 磁硫鉄鉱を含む炭素質コンドライト隕石の表面に生成物が生じている様子

    磁硫鉄鉱を含む炭素質コンドライト隕石の表面に、地球風化によって白色の生成物が生じている様子(極地研提供)。(出所:極地研Webサイト)