高度482kmを周回する、SpaceXの「Starlink」(スターリンク)衛星群。その衛星約1,200基が大気抵抗によって受けるわずかなエネルギー損失を計測し、トモグラフィー解析を用いることで、衛星の軌道予測や他の衛星・デブリとの衝突回避に必要な、緯度・経度ごとの衛星高度の「大気密度」を可視化する新手法の実証について、京都大学が8月4日に発表した。
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(左)大気抵抗を用いて衛星高度(熱圏)の大気密度を計測する原理図。(右)今回の研究で推定された高度482kmの大気密度の緯度・経度分布(上:実測値)と、経験モデルから予想される大気密度分布(下:比較対象) (出所:京大プレスリリースPDF)
同成果は、京大 生存圏研究所 生存圏診断統御研究系の山本衛研究員(非常勤)(京大 特任教授兼任)と同・惣宇利卓弥特定研究員(学振PD)の研究チームによるもの。この研究で採⽤したデータ解析⼿法と結果は、いずれも世界初だとしている。
詳細は、2本の論文として、日本の地球惑星科学系5学会が共同発行する、地球・惑星科学全般を扱う英文オープンアクセスジャーナル「Earth, Planets and Space」に掲載されている。
衛星の年間打上げ個数は、2015年時点では約200機だったが、2024年時点では約2,700機と大幅に増大。さらに2020年代に入ってからはスペースデブリも急増しており、軌道上の混雑や衝突リスクの上昇が国際的な問題となっている。
G7各国の学術団体は、2026年5月に大規模衛星コンステレーションの問題点について共同声明を発表。その4つの提言のうちの1つで「宇宙機の密度増加は衝突及びデブリ生成のリスクを高め、重要な軌道領域を使用不能にするおそれがある」と指摘した。
高度100kmの「カーマンライン」より上は宇宙空間と一般的に定義されるが、ヒトが呼吸できるほどの濃度はないものの、厳密にはまだ大気圏内(熱圏)である。国際宇宙ステーション(ISS)が周回する高度約400kmもまだ熱圏の範囲内であり、大気の抵抗がわずかながら存在する。これが地球周回速度の低下や軌道の乱れを誘発してしまうため、衛星同士の衝突事故を防ぐ上でも「いつ・どこに・どれほどの大気が存在するか」という正確な大気密度データが不可欠となっている。
現在、衛星の運用において、世界で圧倒的なシェアを誇るのがSpaceXだ。2026年8月現在、1万基以上のスターリンク衛星を運用しているが、同年7月には第3世代の同衛星を10万機にまで増やす計画を発表した。なお同社は、同衛星と他の衛星との衝突回避を目的として、「エフェメリス」と呼ばれる詳細な軌道情報を約8時間に1回(1日に3回)公表している。
そこで研究チームは今回、この公開エフェメリス情報を用いて、衛星が飛翔する高度の大気密度を推定することにした。
今回の研究では2本の論文としてまとめられた。まず1本目の論文では、スターリンク衛星の一般的な軌道情報を用いて、役割を終えて自然落下している同衛星のみを抽出してその落下状態が調査された。
通常、スターリンク衛星は高度約550km前後で周回しており、この高度は太陽活動の影響を受けて大気が伸縮することで、熱圏の範囲内(熱圏の上限は約500〜1,000km)に入ることもあれば、その上の外気圏になることもある。
いずれにせよ、高度約500kmの大気密度は地表の約1兆分の1ときわめて薄いが、それでも大気抵抗が生じるため、時間の経過と共に高度が低下する。スターリンク衛星は推進装置を備えているため、低下した場合は軌道制御(マニューバ)を行って、高度を回復している。
そうした中で、役割を終えて高度維持が行われなくなったスターリンク衛星のみの落下状態が解析された。その結果、高度200〜600kmにおける大気密度の高度分布が導き出された。この研究手法は従来より存在するが、大量に展開されている同衛星を活用した点が新しく、大気密度データの時間分解能を大幅に向上させられることが示された。
2本目の論文では、活動中のスターリンク衛星のエフェメリス情報を使った解析が行われた。高度482km付近を飛翔する衛星群(約1,200機)が受ける大気抵抗を総合することで、大気密度の緯度・経度分布が解明された。この算出結果は、既存の経験モデルや他衛星による実測データと非常に良く一致していたという。
またこの解析では、超希薄な大気密度を面的なスナップショットとして捉えることに成功した。使われたデータ解析技術は、人体の断面を画像化するCTスキャンやなどに代表される「トモグラフィー」(断層撮影)だ。CTスキャンでは、人体を透過したX線の減衰をあらゆる方向から測定して断層画像が生成される。
今回の手法では、大気中を周回する多数の衛星が受けるエネルギー減衰を統合することで、大気密度の緯度・経度分布が算出された。CTスキャンとは測定の方向(直線と曲線)や断層面(平面と球面)の違いはあるものの、本質的には同様の解析手法だとしている。
地球大気が宇宙空間へとつながる高度100〜1,000kmの領域は「超高層大気」と呼ばれる。同領域における大気密度は基本的なパラメータでありながら、きわめて希薄であるため観測手段が限られ、未解明の点が多かった。
今回の2つの研究により、スターリンク衛星の軌道情報が衛星周辺の大気密度の推定にきわめて有用であることが明らかにされた。
前出の通り、同衛星は1万基以上が稼働中で、そのエフェメリス情報は1日3回更新されるため、従来に比べ飛躍的に高い時間・空間分解能で大気密度データを生成することが可能だ。これは、超高層大気研究に大きな影響を与えると同時に、地球大気と宇宙空間の相互作用の解明に向けた重要なデータ供給に資すると期待される。
さらに、近年深刻化する衛星とデブリの衝突回避においても、社会的インパクトの大きな成果だという。研究チームは今回の研究を発展させ、将来的には公表されたエフェメリス情報を即座に大気密度データに変換・配信するリアルタイム・データサービスの構築をめざすとしている。
