この半導体ニュースのまとめ

・シーメンスがPLMやシミュレーション、製造実行にAIネイティブ機能を組み込む戦略を説明
・Teamcenter、Designcenter、Opcenter X、Intelligence Center XなどでAIによる業務効率化と設計支援を強化
・エージェンティックAIでは、PLM、ERP、CRM、社内データをつなぎ、ガバナンスを効かせたエージェント活用を目指す

Xcelerator戦略の3本柱は変えず、AIネイティブ化を推進

シーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアは7月30日、最新のAI技術に焦点を当てたPLMの取り組みと、エージェンティックAIの展望に関する記者説明会を開催した。

同社が今回強調したのは、デジタルビジネスプラットフォームである「Xcelerator」を推進する戦略そのものは変えず、その上にAIネイティブな機能を組み込んでいくという方針である。Xceleratorは単なるブランドではなく、同社の中核戦略であり、「包括的なデジタルツイン」「ライフサイクル・インテリジェンス」「アダプティブ」の3本柱で構成される。

  • Siemens Xceleratorを支える3つの柱

    Siemens Xceleratorを支える3つの柱 (資料提供:シーメンスデジタルインダストリーズソフトウェア、以下すべてのスライド同様)

包括的なデジタルツインは、製品や製造プロセスの機械、電気、電子、ソフトウェアなど、あらゆる側面を仮想空間で表現・検証できるようにするもの。ライフサイクルインテリジェンスは、製品開発から製造、運用に至るイノベーションライフサイクル全体のデータを、安全かつ構造化された形で管理し、必要な文脈で知識労働者に届ける考え方である。

そしてアダプティブは、クラウド、オンプレミス、エッジなど導入形態を問わず同じテクノロジースタックを利用できること、SMB(中小企業)から大企業まで同じ基盤を拡張利用できること、さらにレガシーシステムや競合製品、サードパーティのAIツール/AIエージェントとも統合できることを意味する。

  • ボブ・ジョーンズ氏

    包括的なデジタルツインに関する全体像の説明を行ったシーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアのグローバル営業・マーケティング・サービス担当エグゼクティブ・バイスプレジデントを務めるボブ・ジョーンズ氏

2007年以降、買収・R&Dで戦略投資を継続

同社は、Xcelerator戦略の実現に向け、2007年から2025年にかけて買収、事業投資、R&Dを含む大規模な投資を継続してきたと説明する。

  • 2007年~2025年にかけてのソフトウェア関連の買収企業群

    2007年~2025年にかけてのソフトウェア関連の買収企業群。さまざまな企業を買収してきた。半導体関連としてはMentor Graphics、Altairなどがメジャーどころといえる

近年の代表例が、シミュレーション領域でのAltair買収と、ライフサイエンス領域でのDotmatics買収である。Altairの買収により、流体、構造、電磁界、製造、システム、可視化などを含むマルチフィジクス・シミュレーションのポートフォリオを強化。説明では、同社のシミュレーション事業は15億ドル規模に達しており、製造・プラントシミュレーションをはじめ複数領域で強いポジションを持つとした。

一方のDotmaticsの買収は、ライフサイエンス分野におけるインテリジェントライフサイクル戦略の拡張と位置付けられる。研究所で生まれる科学データを管理するデータファブリックを提供し、Teamcenterとの連携により、医薬品・ライフサイエンス分野で「分子から市場まで」のデジタルスレッドを構築する狙いがある。

シーメンスとしては、EDA、PLM、シミュレーション、ライフサイエンス、製造実行をつなぐことで、業界横断のインダストリアルソフトウェア企業としての位置付けを強めている。

AIの焦点は「高速なエンジン」「スマートな実行」「信頼できる成果」

AI戦略について、同社は3つの観点を示した。1つ目は「Faster engines」、すなわち高速なエンジンである。AIをシミュレーションや設計検証に組み込むことで、エンジニアがより短時間で複数の設計案を評価し、探索できるようにする。

2つ目は「Smarter execution」、つまりスマートな実行である。AIを使って定型作業を自動化し、ライフサイクル全体に蓄積された情報からエンジニアや設計者に素早くインサイトを提供する。これにより、エンジニアが単純作業ではなく、より創造的な設計探索や意思決定に時間を使えるようにする考えだ。

3つ目は「Trusted outcomes」、信頼できる成果である。AIが出す結果は、そのもとになるデータの正確性、安全性、構成管理に依存する。PLMや製造データ、設計データを扱う同社にとって、データの信頼性、セキュリティ、トレーサビリティはAI活用の前提となる。

  • Siemens XceleratorにおけるAI戦略

    Siemens XceleratorにおけるAI戦略の3つの観点

PLMにAIを組み込み、部品分類や図面作成を高速化

PLM領域では、Teamcenter、Designcenter、Opcenter XなどにAI機能を組み込む取り組みが紹介された。

Teamcenterでは、部品分類を従来比で10倍高速化できるとする。過去の部品情報や属性、設計履歴をAIが活用することで、エンジニアが類似部品を探したり、再利用可能な部品を把握したりする作業を効率化する。

Opcenter Xでは、電子作業指示書(EWI)やBOP(Bill of Process)作成を10倍高速化できるとした。設計から製造への移行では、製造工程、作業手順、品質管理項目などを正確に定義する必要があるが、AIによりその作成や更新の作業を効率化する。

Designcenterでは、図面作成を50%高速化できると説明された。設計データの文脈を理解し、必要な図面や関連情報をAIが支援することで、設計者の作業負担を軽減する。

また、Designcenter Copilotは過去30日間で50万回利用されたとしており、同社はこれをPoCではなく、本番環境で利用が進むAI機能の実績として位置付けている。Teamcenter Copilotについても、ユーザーのオンボーディングを50%高速化できると説明した。

Intelligence Center Xでエンタープライズデータを接続

今回の説明会で強調されたもう1つの柱が、先般リリースされたという「Intelligence Center X」である。

  • ジョー・ボーマン氏

    「Intelligence Center X」の説明を行ったシーメンスデジタルインダストリーズソフトウェアのPLM製品担当エグゼクティブ・バイスプレジデントを務めるジョー・ボーマン氏

多くの製造業では、PLM、ERP、CRM、社内システムにデータが分散している。PLMには部品データ、ERPにはサプライヤや調達データ、CRMには顧客情報、社内システムには保証やサービス情報などが存在するが、これらがサイロ化しており、設計や製造の意思決定に十分活用できないことが課題となっている。

Intelligence Center Xは、こうしたデータをナレッジグラフとしてつなぎ、AIエージェントが文脈を理解して業務に介在できるようにする基盤と位置付けられる。Databricks、Snowflake、Palantirなどの商用データレイク製品とも連携でき、既存のデータレイクを置き換えるのではなく、PLMなどエンジニアリングデータを使いやすくするフロントエンドとして機能する。

  • Intelligence Center Xのイメージ。外部のデータレイクとも連携可能

    Intelligence Center Xのイメージ。外部のデータレイクとも連携可能。それであれば、自社でデータレイクソリューションまで手掛ければ良いのではないかと思うが、あくまでIntelligence Center Xはフロントエンドの機能であり、必要なデータなどをピックアップしてエンジニアが使いやすくすることを目指したものなので、データレイクそのものには手を出さないという回答であった

エージェントはMendixでガバナンスとトレーサビリティを確保

エージェンティックAIの活用で課題になるのが、ガバナンスと安全性である。シーメンスは、ローコード開発基盤であるMendixを活用し、エージェントをモデルベースで定義することで、トレーサビリティとガードレールを確保する考えを示した。

  • Mendixでエージェントを形成する

    Mendixでエージェントを形成することで、ガバナンスを利かせるガードレールなどを加味した使い方が可能になる

一般的なローコード/ノーコード開発では、AIが直接コードを生成することがある。一方、Mendixでは、まず誰でも理解できるモデルを作り、そのモデルからコードへと変換する。モデル上でエージェントが何を行うのかを表現できるため、AIエージェントの動作を統制しやすいという。

企業がAIエージェントを導入する際には、AIが勝手に意図しない処理を実行しないこと、権限やデータアクセスが制御されていること、変更履歴が追跡できることが重要になる。シーメンスは、このモデルベースのアプローチにより、エージェンティックAIを業務に組み込みながら、ガバナンスを効かせる方針だ。

Physics AIでシミュレーションを最大1000倍高速化

シミュレーション領域では、AIネイティブシミュレーションの中核として「Physics AI」が紹介された。

Physics AIは、過去の設計やシミュレーション結果から学習し、物理ベースのシミュレーションを高速化する技術。説明では、従来手法に比べて1000倍高速な予測が可能になった顧客事例があるとした。これはAI同士の比較ではなく、AIを用いた手法と従来型シミュレーションとの比較であり、ジオメトリックディープラーニングを用いた同社独自の技術だという。

事例として、航空機エンジン関連のシミュレーションでは、メッシュレスアプローチを採用するSimSolidにより180倍高速化したと説明した。また、自動車部品メーカーのMagnaでは、バンパーのクラッシュボックス解析にPhysics AIを用い、5000倍の高速化を実現した事例が紹介された。

  • Physics AIを活用した高速化の事例
  • Physics AIを活用した高速化の事例
  • Physics AIを活用した高速化の事例

ただし、同社はAIが物理法則そのものを置き換えるものではないと強調する。AIは初期設計段階で多くの案を素早く評価し、設計探索を広げるために有効だが、最終的な検証には物理ベースの正確なシミュレーションが必要であり、ドメイン知識の重要性は変わらないとした。

AIネイティブな工場をどう作っていくのか

このほか、AIネイティブな工場に向けた取り組みも示された。

例えばCNCプログラミングでは、ツールパス設定時間を80%削減できると説明した。また、ハノーバーメッセで発表したエンジニアリングエージェント「Eigen」については、工場現場のマシン自動化において2~5倍の高速化を実現するとした。

さらに、Agent Analytics Workflowでは原因分析などを最大50%高速化できるという。工場内では設備、PLC、センサ、製造実行システムなどから大量のデータが生まれる。これらをPLMや製造データと結び付け、AIが現場の状況を理解し、改善や異常対応を支援することで、製造実行の効率化を進める。

  • 工場でAIを活用することで、さまざまな作業の高速化が可能になる

    工場でAIを活用することで、さまざまな作業の高速化が可能になる

NVIDIAとの協業は「物理」と「ドメイン知識」が軸

なお、同社は包括的なデジタルツインの取り組みとして、NVIDIAと協業関係にあるとしている。シーメンスとしては、NVIDIAが持つプラットフォーム技術、GPU、AI、Omniverseなどと、シーメンスが持つ物理ベースのシミュレーション、PLM、製造データ、ドメイン知識を組み合わせることで、顧客により大きな価値を提供できるとする。

TeamcenterにNVIDIA Omniverseの技術を取り込む可能性にも言及。NVIDIAは基盤技術やプラットフォームを提供し、シーメンスはそれを産業ソリューションとして顧客課題に落とし込む役割を担うこととなるが、AIがソフトウェア企業を不要にするという見方については否定的で、AIは定型作業を自動化できても、長年蓄積された産業ドメイン知識や物理ベースの検証を置き換えることはできないとし、そうした蓄積がシーメンスの強みであるとした。

  • NVIDIAのハードウェア技術やプラットフォームをシーメンスの有する物理ベースのシミュレーションなどに活用

    NVIDIAのハードウェア技術やプラットフォームをシーメンスの有する物理ベースのシミュレーションなどに活用することで、顧客により高い価値を提供できるようになるとする

また、日本市場については、PLMを複数部門をつなぐITインフラとして活用する動きが広がっていると説明。部分最適から全体最適へと向かう中で、Teamcenter、Teamcenter X、Opcenter Xなどの導入が進み、国内ビジネスは全体として2桁成長が続いており、クラウド型のTeamcenter Xの導入も広がっているとする。また、大規模導入では、航空・防衛領域での広がりがあるとしたが、国際協業に関わる製品開発などで、設計、製造、サプライチェーンを横断してデータを管理する必要性が高まっていることが背景にあるとみられる。

日本の製造業でも、設計から製造をつなぐITとOTの連携への期待は高く、半導体業界を含め、デジタルスレッドを現場まで届けるソリューションへの関心が強まっているという。

AIは人を置き換えるのではなく、エンジニアの創造性を拡張する

同社が繰り返し強調していたのは、AIが人間のエンジニアを置き換えるのではなく、エンジニアがより多くの設計案を探索し、より創造的な業務に時間を使えるようにするという考え。早い段階での問題把握に基づく意思決定をAIは支援しつつ、最終的な検証、顧客課題に応じた判断、設計思想の決定には、引き続き人間の専門知識と責任が必要としている。

シーメンスとしては、こうした人間中心の思想のもと、PLM、シミュレーション、製造実行、エンタープライズデータ基盤を横断する形でAIを組み込み、人間を支える存在として育て、デジタルツインとライフサイクルインテリジェンスをエージェンティックAI時代へと進化させていく考えのようだ。

  • 堀田邦彦氏

    シーメンス 代表取締役社長兼CEOの堀田邦彦氏も質疑応答に参加。日本市場の状況を説明した