東京大学(東大)、北海道大学(北大)、広島大学の3者は4月14日、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星リュウグウ試料に含まれる有機分子を単一分子レベルで直接観察することに成功し、従来の分析手法では見逃されていた100環を超える巨大な有機分子を確認したほか、5員環や7員環、さらには8員環といった多様な環構造を含み、それらの分子が平面ではなく立体的な構造を持つことを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 新領域創成科学研究科の岩田孝太特任研究員(研究当時)、同・杉本宜昭教授、北大 低温科学研究所の大場康弘准教授、九大大学院 理学研究院の奈良岡浩教授、広島大大学院 先進理工系科学研究科の薮田ひかる教授、東大大学院 理学系研究科の橘省吾教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のオンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
観察されたのは従来の常識を覆す立体構造?
原子から単純な分子へ、そして巨大分子へと至る宇宙の化学進化は、星間塵の表面で極めて長い時間をかけて進行し、生命の材料となるような有機分子を形成することが明らかにされつつある。宇宙空間ではすでに多彩な有機分子が発見されており、これらは太陽系形成時の化学的な情報を保持していると考えられている。
リュウグウ試料はこれまで世界中の研究者に配分され、質量分析を中心とした研究の結果、数万種類もの有機分子が確認されてきた。その中には、DNAやRNAを構成する5種類の拡散塩基など、生命にとって重要な分子も含まれる。また、ベンゼン環がいくつも連なった分子「多環芳香族炭化水素」も、宇宙における炭素の行方を握る物質として注目されている。
多環芳香族炭化水素に関する従来の研究では、ピレンやフルオランテンなど、環の数が4つ程度の比較的小さな分子が主に存在すると報告されてきた。しかし、化学的な抽出や質量分析には限界があり、極めて巨大な分子や、溶媒に溶けにくい不溶性有機物のような成分は、その詳細な構造を特定することが困難な点が課題となっていた。そこで研究チームは今回、個々の分子の形状を直接AFMで観察し、リュウグウ試料に含まれる有機分子の実体に迫ったという。
今回の研究では、リュウグウ試料から抽出した有機分子を銅の単結晶基板上に蒸着させ、絶対温度5K(約-268℃)という極低温かつ超高真空の環境下でAFM観察が実施された。AFMとは、鋭い針(探針)を観察対象に近づけ、探針先端の原子と試料表面の原子との間に働く力を測定することで、試料表面を観察する顕微鏡だ。試料の導電性を問わず利用できる点が特徴で、探針の先端に一酸化炭素分子を付着させることで、分子内の原子間の結合までも可視化できるという優れた解像度を備える。
実際に観察された22種類の分子のうち、多くの分子がこれまでの予想を遥かに上回る巨大な構造を持っていることが確認された。最大のものでは環の数が100を超え、見積もられる分子量は3000以上に達するという。これは、従来の質量分析で主に検出されていた分子量200~500程度の分子とは異なる、新たな有機分子を可視化したことを意味するとした。これらは、従来の定義で不溶性有機物に相当するサイズでありながら、巨大な1つの芳香族骨格として存在していることが初めて直接証明された。
-

リュウグウに存在した多様な有機分子のAFM像。それぞれの分子について、AFM像(左)そのものと、構造モデルを重ねた像(右)が並べられている。構造モデルの赤、青、水色、オレンジはそれぞれ5員環、6員環、7員環、8員環を表す。全画像のスケールバーは1nmを示す。(原論文の図を改変したものが使用している)(出所:東大プレスリリースPDF)
さらに内部構造を詳細に解析したところ、主要な6員環に加えて、5員環や7員環、稀に8員環が含まれていることが判明。これら特殊な環状構造が存在することで、分子は平坦ではなく、立体的にゆがんだ複雑な三次元構造であることも明らかにされた。
今回の成果は、太陽系形成以前の星間分子雲から小惑星へと受け継がれた有機分子の進化過程を解明するための極めて重要な手がかりになるとする。また今回の研究により、地球外試料に対して高分解能AFMを用いた分子構造の直接観察が極めて有効であることが実証された。質量分析などの従来手法では観察が困難だった巨大で複雑な有機分子に対し、AFMは「個々の分子の形を直接可視化する」という強力かつ相補的な情報を提供するとした。今後は、この革新的な手法をより広範な地球外試料に応用していくことで、宇宙における有機分子の化学進化の過程、さらには太陽系の形成や地球生命の起源へとつながる物質進化の全容解明に向けた研究が飛躍的に進展することが期待されるとしている。
