H3ロケット8号機の打ち上げ失敗原因について、宇宙航空研究開発機構(JAXA)による最終報告がまとまった。ロケット開発側での改善に向けた取り組みはまだ続くものの、原因究明の調査としては、これで区切りが付いた形となる。本記事では、再発防止に向けた背後要因分析と是正対策など、新たに分かったことについて見ていきたい。
なぜ不具合を見逃したのか
H3ロケット8号機は2025年12月22日、準天頂衛星システム「みちびき5号機」を搭載して打ち上げられた。しかし、衛星の荷重を支える円錐形の土台である衛星搭載アダプタ(PSS)が、フェアリング分離時の衝撃で崩壊。衛星は破損・脱落し、打ち上げは失敗した。H3ロケットの失敗は初号機に続き、これで2回目だった。
PSSは、内側のアルミハニカムコアを、薄板状のCFRPスキンで挟む軽量構造を採用している。コアとスキンは接着剤で貼り付けているが、4分割で製造したハニカムパネルを繋げる工程において、大きな剥離が発生。打ち上げ後、フェアリング分離時の衝撃で剥離が一気に拡大し、PSS全体の破壊に繋がったと見られる。
こうした直接的な原因については、4月13日に開催された宇宙開発利用部会/調査・安全小委員会のレポートですでに報じた通りで、その対策も決まった。しかし、残っていた大きな疑問は、なぜ、こんな大きな剥離の発生に気付けず、そのままフライトさせてしまったのか、ということだった。
これが単なる製造のミスや検査のミスであれば、話は簡単だ。しかし今回は規定通りに製造され、検査が行われていたにも関わらず、剥離を見つけられなかった。しかも、剥離の発生は、まれなことではなかった。製造済みの全てのPSSから見つかるほどの確実な事象だっただけに、なぜ見逃してしまったのか、非常に悔やまれる。
規定通りに製造/検査したのに不具合が発生したのであれば、当然ながら、問題はその規定の側にある。今後のロケット開発で、別の不具合が発生してそれを見逃すことがないようにするには、なぜこのリスクに気がつけなかったのか、開発プロセスや組織体制など、背後要因にまで踏み込んで分析する必要がある。
JAXAはまず、開発プロセスをバリエーションツリー(VTA)と呼ばれる手法で分析。これは、直接的原因の分析で使われたFTA(故障の木解析)がハードウェア寄りの手法であったのに対し、事象の関連を時系列的に捉え、どの工程に問題があったのか調べるものだ。ここで、不具合の発生や連鎖を断ち切るべき作業を「排除ノード」と呼ぶ。
H3ロケットの開発フェーズは、基本設計→詳細設計→認定試験という順に進む。VTAの流れを見て浮かび上がるのは、スプライス接着方式という新規技術を初めて適用するのに際し、そのリスク管理が不十分だった、ということだ。
注目すべきは3点。まず1つめは、詳細設計において、PSSの試作試験が行われなかったことだ。スプライス接着方式はフェアリングでも採用されており、形状的により難易度が高いフェアリングでのみ試作試験を実施。PSSの検証は、フェアリングの試作を通してカバーできると考えられ、ここでリスクを識別することができなかった。
もう1つは、詳細設計の製造設計において、輸送上の制約が判明したため、PSSのスプライスを2分割するという仕様変更が行われたこと。これにより、2つのスプライス間に断熱材を被せるという複雑な製造工程になったのだが、その影響評価が十分ではなかった。結果的に、これが想定外の高温化の原因となり、剥離が発生した。
最後は、認定試験として行われた強度試験後の検査において、PSSは外観の点検しか行われなかったことだ。この試験では、変形の有無によって構造の健全性を評価可能と考えており、外観に異常がなかったことから、内部の調査は実施しなかった。もし非破壊検査を行っていれば、剥離を発見できたはずだが、見逃してしまった。
再発防止のために必要な対策とは
こういった問題の再発を防ぐには、どうすれば良いか。今回のVTAで排除ノードとして設定されたのは、基本設計審査(PDR)、詳細設計審査(CDR)、認定試験後の検査という3つのポイントだった。
まず、PDRとCDRの評価能力を強化する必要がある。スプライス接着方式の採用にあたっては、パネルの高温化による損傷リスクは想定されていたが、内部が剥離する可能性は全く考えられていなかったという。当然ながら、想定できていないリスクに対しては、審査会でも評価しようがない。
そこで、実際の開発経験を有する専門家の参画を拡充し、より多角的、実効的なチェックが行える体制に強化する。今回問題となったスプライス接着方式は、ロケットでの適用は初だったものの、他分野ではすでに実績がある。そういった専門家がリスク評価に加わっていれば、事前にリスクを認識できたかもしれない。
しかしリスク抽出において、「未知の未知」(分かっていないことを分かっていない状態、Unknown Unknowns)を特定するのは、熟練の技術者であっても、非常に難易度が高いタスクだ。机上での検討には限界があるため、技術者の技術や経験則を体系的に引き出すトリガーとなるチェックリストの整備も進めるという。
そして筆者が特に気になったのは、認定試験後の検査だ。PDRやCDRでは、想定した不具合しか対応できない。事前に想定しきれなかった潜在的なリスクを検出する、最後の砦となるのがこの検査だ。それだけに今回、破壊検査までするかどうかの判断ならまだ分かるとしても、非破壊検査すら実施しなかったというのは、正直理解に苦しむ。
事前に想定しきれなかった潜在的なリスクが存在するかもしれない、というのは前提として考えておくべきだ。今回、その是正対策として、破壊試験による余裕の確認、非破壊検査や切断検査による内部状態の確認など、認定試験後の検査を確実に実施するという項目が盛り込まれたのは、当然といえる。
今回の剥離の問題は、認定試験用にPSSを製造したとき、「念のため打音検査もしておこう」と誰かが考えていたら、おそらくそこで防ぐことができた。しかし、こういった「念のため」を工程の各所でやり過ぎてしまえば、それが開発コスト/期間に響いてしまう。単純に検査を増やせないのが難しいところだ。
そのため、認定試験後の検査を重点的に実施することで、リスクや不具合が開発フェーズをすり抜け、製造フェーズに行ってしまうことを防ぐというのは、合理的な考えだ。今回の打ち上げ失敗は、新規技術を初めて適用するリスクを甘く見てしまい、外してはいけない手順まで外してしまったことで起きた、と思える。
しかし、より良いロケットを開発していくには、今後も新規技術の適用は欠かせない。7月6日に開催された宇宙開発利用部会 調査・安全小委員会のなかで、JAXAの有田誠H3プロジェクトマネージャは、「国際競争力を強化するため、チャレンジへの歩みは止めない。萎縮することはない」との姿勢を改めて示した。
その上で、「適切に若い人材を配置して、経験を積ませていく。そこに経験のあるベテランが入って、リスクの識別に思いが至るよう、開発の環境を強化していきたい」とした。なお、リスクの抽出には、将来的にはAIの活用も考えているとのことで、そのためのAIを構築する試行をすでに始めているそうだ。
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