京都大学(京大)と東北大学の両者は5月26日、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)によって近年多数発見されている、高赤方偏移の赤い極小銀河「リトル・レッド・ドット」(LRD)が、宇宙を満たす高エネルギーニュートリノの起源の一部となり得ることを理論的に示したと共同で発表した。
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LRDの中心には、厚い高密度ガスに包まれたSMBHが存在する可能性がある。この環境では、中心付近で生じたガンマ線などの電磁波はガス中で吸収・散乱されて埋もれてしまう一方、ニュートリノは物質とほとんど反応せず外へ抜け出せる。LRDが数多く存在すれば、宇宙から届く高エネルギーニュートリノの一部を担っている可能性があることが明らかにされた。作図:久世陸(京大 基礎物理学研究所)(出所:京大プレスリリースPDF)
同成果は、京大 基礎物理学研究所の久世陸特定研究員(湯川特別研究員)、同・井岡邦仁教授、同・村瀬孔大特任教授(米・ペンシルベニア州立大学兼任)、東北大 学際科学フロンティア研究所の木村成生准教授、中国・北京大学の稲吉恒平准教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する、素粒子物理学や宇宙論、重力理論などを扱う学術誌「Physical Review D」に掲載された。
ニュートリノは電子と同じレプトン(軽粒子)の仲間だが、電荷を持たないため、既知の素粒子の中で最も物質の透過能力が高い。そのため、恒星内部など、光学的な観測が不可能な領域の情報を得られるツールとして活用されている。そのニュートリノにもエネルギーの大小があり、希にではあるが、宇宙から非常に高エネルギーのニュートリノが地球へ飛来していることが、南極のIceCube(アイスキューブ)実験などによって確認されている。しかし、宇宙全体から届く「全天高エネルギーニュートリノ背景放射」が、どのような天体によって生成されているのかは、長年の未解決問題だった。
高エネルギーニュートリノを生成する天体では、一般的にガンマ線も同時に生成されると考えられている。そのため、観測されている「宇宙ガンマ線背景放射」との整合性を考えると、ニュートリノの起源天体としてガンマ線が外へ出にくい“隠れた天体”が有力候補となり、その1つとして近年注目されているのがLRDだ。
また、陽子などの高エネルギー粒子が周囲の光子や物質と衝突することでニュートリノが誕生することを考慮すると、LRDのような環境は高エネルギーニュートリノの生成源となっている可能性がある。LRD中心のSMBHの周囲には、その反応に必要な豊富な光子や高密度ガスが存在すると考えられるからだ。
しかも、ガンマ線では透過できない高密度ガスであっても、ニュートリノであれば透過できる。この特徴により、LRDは電磁波観測が容易ではない一方で、「隠れたニュートリノ源」として機能している可能性が指摘されていた。そこで研究チームは今回、LRDがそのような隠れたニュートリノ源として、宇宙から届くニュートリノの一部を担い得るのかを調べたという。
なお今回の研究は、SMBH近傍から光速に近い速度で噴き出すプラズマ流である「ジェット」または「アウトフロー」が放出され、その内部で陽子などの高エネルギー粒子が加速されているとする仮定の下に進められた。ただしLRDでは、このようなジェットまたはアウトフローからの放射はほとんど観測されていないため、ジェットが高密度ガスを突き破って外へ出るのではなく、その内部に埋もれた状態としてモデル化された。
高エネルギーニュートリノは、加速された陽子が周囲の強い光子場と衝突することでパイ中間子を生じ、その崩壊によって生成される。重要な点は、SMBH周囲の高密度ガスは、「高エネルギーニュートリノは逃がすが、ガンマ線は閉じ込める」構造になり得るという点にある。
まず、LRDの典型的な明るさや数密度を用いて、これらの天体が全天高エネルギーニュートリノ背景放射にどの程度寄与しうるかが見積もられた。その結果、LRDは宇宙から届く高エネルギーニュートリノの起源候補として十分に検討に値することが確かめられたという。
続いて、エネルギーの見積もりに加え、粒子加速、冷却、ニュートリノ生成を含む数値計算が行われた。具体的には、加速された陽子やそこから生じる二次粒子、さらにそれらの冷却過程を考慮し、LRDから期待されるニュートリノスペクトルの評価が実施された。
その結果、条件によってLRDは、宇宙全体から届く全天高エネルギーニュートリノ背景放射の一部を担い得ることが導き出されたとした。個々のLRDからのニュートリノを直接検出することは困難だが、これらの天体が多数存在すれば、宇宙全体から届く全天高エネルギーニュートリノ背景放射の一部に寄与しうる可能性があることが明らかにされたのである。
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LRDからの宇宙ニュートリノの強度予想。太線は今回予測された強度を示し、細線はアイスキューブで観測されている宇宙ニュートリノを説明するために必要な強度の目安を表す。赤線は既知のLRD数から推定された分布モデルを用いた予測、青線は理論モデルに基づいて推定された分布モデルを用いた予測、オレンジ線は単純な分布を仮定した比較モデルだ。黒点と灰色点は、アイスキューブによる観測データとなっている。(c)Kuze et al., Physical Review D 113, 083048 (2026)の図が改変されたもの(出所:京大プレスリリースPDF)
今後の重要な課題の1つとして、ニュートリノに存在する電子型、ミュー型、タウ型の3種類の「フレーバー」の比率を調べることが挙げられている。今回想定されたSMBH周辺の高密度ガス環境では、ニュートリノの生成過程で生じる二次ミュー粒子が効率よくエネルギーを失い、地球で観測されるフレーバー比が変わる可能性があるという。このような特徴が将来的に観測されれば、LRDが隠れたニュートリノ源として有力であるのかどうかを検証する手がかりになるとした。
また、最近では電波やX線を示すLRDも報告されている。これは、一部のLRDではジェットやアウトフローが、高密度ガスを突き破って外へ現れている可能性を示唆している。そのため今後は、どのような条件でジェットが高密度ガス内に埋もれ、また外へ抜け出すのか詳細に調査することが重要とする。こうした研究を積み重ねることで、高密度ガスの性質をより詳細に理解できるようになり、ひいてはLRDからのニュートリノ放射をより高精度に予測できるようになることが期待されるとしている。