次世代の車載照明の実現を支援するオープンな通信プラットフォーム「OSP」

自動車のエレクトロニクス化の進展は車室内の環境も変えようとしている。これまで、車室内の照明というと、室内灯のほか、ダッシュボードやメーターのパネル程度であったが、LEDの進化やユーザビリティの向上などを背景に、足もとを照らす照明や車両周辺の状況説明などでもLEDの活用が進んできた。また、表示色も照明用の白系のみならず、アラートとしての役割などでは別の色系統が用いられるなど、多数のLEDが用いられるようになり、それらの各LEDに対する色の精度を保証する必要もでてきている。

すでに国内外で、車室内の装飾としての照明の活用に加え、死角から接近してきた車両をドライバーに知らせるために流れるように光を順に表示していくアラートのようなアプリケーションが実際に自動車に搭載されるようになってきた。こうしたさまざまな照明アプリケーションを動的に連動させて動かすためには、従来のLINと比べてより高速なネットワークに接続して制御する必要がある。

そうした次世代の車室内照明向け高速ネットワークの1つが「OSP(Open System Protocol)」だ。文字通り、オープンなプロトコルで、LEDメーカーやマイコンメーカーが完全無料で利用でき、ライセンス料やロイヤリティも不要な車載照明向け通信技術といえる。

次世代の車載照明のために開発されたOSP

OSPの登場以前、従来型の車載照明の管理は、LEDの数が少ない場合であれば照明用ECU(マイコン)から直接制御を行う手法のほか、20個程度までであればLEDドライバとマイコンをSPIやLINで接続して制御できていた。しかし、LINやSPIでの接続は50個を超えるあたりから徐々に通信速度が厳しくなり、タイミングの同期などが難しくなってくるということが分かっていた。

こうした問題を解決し、数百、数千のLEDが接続しても各LEDの点灯のタイミングの同期を取ることを可能とするために開発されたのがOSPで、1000個以上のLEDがつながっていても1つのマイコンだけでそれぞれを個別にアドレスを振って制御することが可能なほか、1色あたり16ビットの調整分解能も提供でき、かつRGBWの4色のLEDに対応する。また、その通信速度はターゲットとして1つの照明アプリに対して(人間の目には一瞬で切り替わるとされる)10ms以下で表示できる早さの実現となっている。

  • OSPの概要

    OSPの概要 (提供:ams OSRAM、以下すべてのスライド同様)

このOSP、開発はams OSRAMが担ってきたが、同社は2024年4月にオープンプロトコルとして提供することを宣言した。ams-OSRAMジャパンのミクスドシグナルプロダクツ事業部 システムソリューションエンジニアリングでシニアプリンシパルエンジニアの石海雄介氏は、「通信プロトコルを作ろうとするとプロトコルスタックが必要になる。そこで求められる物理レイヤ、データリンクレイヤ、ネットワークレイヤなどの基本的なベースレイヤについてはams OSRAMが定義したが、それをOSPのベースレイヤとしてすべて公開したほか、上位のアプリケーションレイヤについては、接続されたデバイス固有のコマンドなどを追加できるような将来的な自由度を確保することで、OEM(自動車メーカー)などが新たなコマンドが必要になったとき、自由にいじることができるような作りにしてある」と、OSPのプロトコルの特徴を説明する。

  • OSPのプロトコル概要

    OSPのプロトコル概要

ams OSRAMがOSPを公開して以降、興味を持ってくれたマイコンベンダなどが自主的に対応を進めてきており、ファームウェアの提供も進んできたという。そのため2025年10月時点で、OSPを活用するうえで推奨されるマイコンを提供するベンダとしてはNXP Semiconductors、Infineon Technologies、ルネサス エレクトロニクス、Microchip Technologyの4社の名前が挙がっている。ちなみにams OSRAMはマイコンベンダではないので、この部分はこうしたパートナーに依るところが大きい。

OSPの基本構成は1つのマスタと多数のスレーブの組み合わせ

OSPプロトコルの基本構成は、1つのマイコンに対して、複数のスレーブがぶら下がるというもので、マスターのマイコンから指令を出して、スレーブのデバイスが返事をする形で成り立つ。接続方法はデイジーチェーンで、マイコンからの信号が各デバイスを介して目的のデバイスまで届くこととなる。「バス接続にしなかったのは、多数のLEDを接続した際に、それぞれに個別にアドレスを振り分ける手間が生じるため。デイジーチェーンにすることで、自動的にアドレスを割り振るオートアドレス機能が使え、電源を入れた段階で接続順にアドレスを割り振って制御することができるため、その手間を省くことができるようになる」(同)とする。この各デバイス間の接続はLVDSでやり取りされ、その通信速度は2.4MbpsとLINの20kbpsの実に100倍以上の早さが提供される。

また、複数の基板同士はCAN FDを用いて接続される。それであれば、CAN FDで多数のLEDを制御すればよいのでは? という疑問がわくが、その場合、CANトランシーバ自体の価格がデバイスに上乗せされることとなってしまい、12Vの振り幅をLVDSで実現しつつ高速かつ安価にするためには、CAN FDから離れる必要があったという。

さらに、デイジーチェーンのメリットを出すためにはCAN FDでは仕様上難しかったという理由もある。このデイジーチェーン方式を採用したことで、ループバックモードをオプションとして提供できるようになった点も特徴だという。つながっているデバイスの数が増えた場合、デイジーチェーンだと1つずつ接続されているデバイスを介していくため、マイコンとのやり取りに相応の時間がかかることとなる。これをループバックにすることで、一方通行で通信ができるようになるため、通信時間の短縮を図ることができるほか、ループバックがない場合、どこかのデバイスが壊れると、その先のデバイスと通信ができなくなるが、ループバックがあれば、反対側から通信することが可能となるため、冗長性の確保にもつながることとなる。

  • 物理レイヤの概要

    物理レイヤの概要。スレーブのデバイスが順につながるデイジーチェーン方式が採用されている

データリンクレイヤについては、メッセージフレームは32ビットが固定ビットで、最大96ビットに対応。ペイロード(データ格納ビット)はマスタに返す部分については最大64ビットまで可変でき、アドレス数は1ノードあたり最大1024で、CRC(巡回冗長検査エラー)は8ビットとのことで、通信フレームのオーバーヘッドを抑えつつもエラーに対応することを可能としている。

オープンプロトコルのメリット

100個を超す多灯化時代に対応できる新たなネットワークの必要性は自動車業界全体として薄々は気づいていたが、独自プロトコルになる場合、使えるのはそのプロトコルを提供するメーカーのLEDドライバのみで、ライセンス料も発生する。OSPは、オープンプロトコルであるため、ams OSRAMも対応する製品を出すが、ほかのLEDメーカーやセンサメーカー、ドライバICメーカーも仕様に即した製品をライセンス料などを知原くことなく出せるようになる。「そうなればOEMの視点で見れば、選択肢が増えることになるし、BCPの観点からも好まれることとなる。すでに中国では対応した複数の自動車が販売されているし、欧米のOEMも量産車への適用を進めている。日本でも興味を持ってもらっており、評価キットを活用した試験が進みつつあり2029~2030年ころには公道で搭載車両が走るようになると思っている」と同氏は、すでにオープンプロトコルのメリットを背景に各国のOEMが早さに差はあるものの、取り組みを進めていることを強調する。

こうした中、ams OSRAMも他社に先駆ける形でOSPに対応する2種類の製品を提供している。1つはRGBの3つのLEDとドライバを1パッケージに集積した「RGBi」、もう1つはLEDを搭載しないドライバ「Stand-Alone Intelligent Driver IC(SAID)」である。

RGBiのiはintelligenceの頭文字とのことで、各色を16ビットの分解能で制御可能とするほか、LEDのキャリブレーションデータを内部メモリに保持しているため、量産時のバラつき測定を不要としている点が特徴。また、LEDには温度特性が存在し、特に赤は温度で明るさが変わると言われていることで、温度センサで温度を測定して補正を行うこととなるが、LEDに近い場所に温度センサが置かれているため、高精度の温度補正が可能という点も特徴だという。さらに、1層基板での設計が可能なため、システムコストの抑制を基板サイズの削減を含めて実現できることも強みだという。

  • RGBiの概要

    RGBiの概要

このため、マスター側のマイコンは照明パターンを送信するほか、温度補正とバラつき補正についてもマイコンからの問い合わせに各デバイスが返した値をもとに演算して、その値を返す形で実行する役割を担う存在となる。

一方のSAIDは、使うLEDの色が偏っていたり、特定メーカーのLEDを使いたいといったニーズのほか、同じネットワーク上にLEDとセンサを混在させたい、デイジーチェーンではなく分岐させてパラレル接続をしたい、メモリに格納した照明パターンを使いたいといったさまざまなニーズに柔軟に対応することを可能とするドライバ。最大9ch分のLEDを駆動可能で、RGBiであれば(RGBで3chを消費)3個駆動できるが、単色LEDを9ch分駆動させたりもできる。また、ドライブ能力として9ch中3chが48mA、6chが24mAの出力電流オプションを備えており、2ch組み合わせて100mA級の出力としたり、9ch束ねて最大288mAの単一出力としてアクチュエーターを駆動させるといったことも可能だという。

  • SAIDの概要

    SAIDの概要

さらに、SAIDを分岐に活用することでOSPネットワークを最大8chのパラレルネットワークとして使用することができるようになるほか、ドライバの一部、RGBの1ch分を駆動用ではなくI2Cのゲートウェイとして使用することで、ネットワーク上にセンサやスイッチを接続して利用することも可能だという。

  • SAIDとRGBiを組み合わせたOSPのイメージ
  • SAIDとRGBiを組み合わせたOSPのイメージ
  • SAIDとRGBiを組み合わせたOSPのイメージ

これにより1層基板を用いながら、ドアパネルやウェルカムライトなど、さまざまな照明を1つのネットワークで対応することができるようになる。「従来のセンサはマイコンと照明とは別のネットワークにつなげる形で処理が行われていたが、SAID経由でマイコンとセンサが1つにつながることで、LEDとセンサを組み合わせた活用なども容易に行うことができるようになる」(同)といった柔軟性を得ることができるようになる。

  • パラレル接続の例
  • SAIDを活用したパラレル接続の例

  • RGBiとSAIDを用いたOSPネットワークのデモ
  • RGBiとSAIDを用いたOSPネットワークのデモ
  • RGBiとSAIDを用いたOSPネットワークのデモ
  • RGBiとSAIDを用いたOSPネットワークのデモ
  • RGBiとSAIDを用いたOSPネットワークのデモ
  • RGBiとSAIDを用いたOSPネットワークのデモ
  • RGBiとSAIDを用いたOSPネットワークのデモ。基板間はCAN FDで接続され、1つのマイコンですべてのLEDとスイッチなどを制御できている

将来のコンソーシアム化も視野に

OSPは現状、オープンプロトコルではあるものの、コンソーシアムの設立には至っていない。しかし、将来的にISOの認証取得を果たすためには、より多くの賛同者が必要となるためコンソーシアム化も進めていきたいという。

また、ams OSRAMとしては今後の製品ロードマップとして、SAIDとして48mA×6chといった現行製品よりも電流を高めた製品などの提供が計画されているという。これは、センサやアクチュエーターの接続数などが増えるニーズに対応することを目的としたもので、そういったネットワークになる場合、マイコン側の性能向上も要望することになるという。

このほか、ロードマップとしては車室外への対応も計画しており、早ければ2026年にも発表できるとするほか、その流れで自動車以外への適用もできないかということも検討しているという。特に日本は自動販売機やアミューズメント機器など、LEDを大量に活用し、かつエンタメ性が求められるアプリケーションが多数あることから、そうした企業へのアプローチを推進することで、自動車以外の分野におけるユースケースの実現も目指したいとしている。

  • 矢崎氏、石海氏、本多氏

    左からams-OSRAMジャパンのマーケティング モビリティ&イルミネーション マネージャーの矢崎墾氏、同ミクスドシグナルプロダクツ事業部 システムソリューションエンジニアリングでシニアプリンシパルエンジニアの石海雄介氏、同ミクスドシグナルプロダクツ事業部 リージョナルマーケティングでダイレクターの本多剛氏