宇宙航空研究開発機構(JAXA)は5月29日、国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう」日本実験棟に搭載された「温度勾配炉」を用いた、微小重力環境下における混晶シリコン・ゲルマニウム(SiGe)半導体育成に関する「Hicari-II実験」の初の成果として、地上では観察されなかった高速成長現象を確認し、その原因が微小重力により熱対流や濃度対流が抑制されることで顕在化した過渡的な「組成的過冷却」によるものであることを明らかにしたと発表した。

同成果は、JAXAの荒井康智主任研究開発員らの研究チームによるもの。詳細は、材料科学と工学に関する学際的な学術誌「Materialia」に掲載された。

混晶SiGe半導体は有害物を含まないことから環境親和性が高く、高速電子デバイスや熱電変換素子、放射線検出素子、遠赤外線カメラ用レンズ材料などの広範な応用が期待されている次世代半導体基板材料の1つである。しかし、結晶の均一組成化が難しく、成長速度が1mm/h以下と遅いことが実用に向けた課題とされてきた。

その理由は、地上では重力による2つの対流が生じるためだ。1つは、熱対流である。結晶を成長させるには、材料が溶けた液体(融液)に温度勾配を作る必要があるが、熱せられて高温になった液体は軽くなって浮き上がり、冷えて温度が下がった液体は重くなって沈むため、熱対流が生じてしまう。

さらに、2種類の元素を混ぜる場合は、その質量差の影響も大きい。原子番号14のシリコンと、同32のゲルマニウムとでは、約2.3倍の質量差がある。加えて、両者は融点も大きく異なり、約480℃の差がある。これは、融点が1400℃以上のシリコンは、900℃台のゲルマニウムに比べてはるかに早く結晶化しやすいということを意味する。その結果、まだ溶けている液体側に重いゲルマニウムが取り残されやすくなり、重いゲルマニウムが沈む一方で、軽いシリコンが浮き上がろうとする濃度対流が発生してしまうのである。

こうして、地上では熱と濃度という2つの対流の影響でシリコンとゲルマニウムが均質に混ざることが困難となり、バランスが乱れて場所ごとに濃度差が異なる、ムラの多い結晶となってしまうのである。

この2つの対流を防げるのが、微小重力環境であるISSだ。重力がほぼゼロであれば、質量差は影響しないし、温度差による対流も生じない。元素や分子自身が、溶液中をゆっくりと均一に広がっていく「拡散」が支配することになり、その結果、複数の元素や分子を均質に混ぜることが地上と比べると容易になる。

  • 温度差による対流の違いのイメージ

    温度差による対流の違いのイメージ。(左)地上では対流により乱れが生じ、高品質結晶を作成しにくい。(右)宇宙では対流がないため乱れが生じにくく、高品質化させやすい。(出所:JAXA Webサイト)

Hicari-II実験は、平成28(2016)年度「きぼう」利用フィジビリティスタディテーマの募集を受けて選定された実験の1つだ。微小重力環境を利用し、従来の結晶製造速度(約0.1mm/h)より100倍高速な10mm/hの超高速製造技術の確立と、未解明の結晶電子物性測定などの実用に向けた課題克服が最終目標とされている。

同実験で用いられる炉は、最高温度1600℃まで加熱できる「温度勾配炉」だ。同炉内に材料を入れたカートリッジをセットし、ヒーターで加熱して材料を溶かした後に再び結晶化させるという仕組みである。微小重力環境下で溶液が平衡状態(濃度や温度が安定した状態)にあれば、結晶の成長速度は溶液中の原子拡散速度と温度勾配で決まる。一方、溶質が過剰に存在する非平衡状態になると、溶質原子が結晶成長界面により多く到達するため、結晶成長速度は増加する。

  • 「Hicari-II Run#2」のSiGe結晶成長速度の成長時間依存性

    成長開始を0時間とした「Hicari-II Run#2」のSiGe結晶成長速度の成長時間依存性。点線は、地上で同実験条件下での界面安定成長速度。宇宙では0.15mm/h(△印)でも界面は不安定化せず、地上に比べて約20%の高速化が観察された。(出所:JAXA Webサイト)

製造された材料は実験後に地上に回収され、詳細な分析が行われた。その結果、結晶成長開始から数十時間が経過した後の成長速度は、地上実験とほぼ一致する0.12mm/hであることが確認された。この結果から、宇宙環境でも長時間が経過すると、地上と同じ溶液状態が形成されることが推測された。

次に、結晶断面における結晶成長界面の位置と組成が、10μm以下の微細な間隔で観察された。その結果、温度勾配は成長初期から終期までほぼ一定だったが、成長初期でのみ成長速度が速くなっていることが確認された。成長速度を増加させる溶質過剰は、溶質内の原子拡散を増加させる「ソーレ効果」による寄与と考えられていた。しかし、フェーズフィールドモデル計算の結果から、今回の実験条件では同効果は非常に小さく、溶液組成の偏在には寄与しないことが明らかにされた。

このことから、成長開始から数時間の成長初期においては、種結晶付近の溶液が溶質過剰の非平衡状態である「組成的過冷却状態」にあったことが推定された。組成的過冷却状態とは、SiGe融液の凝固温度以下まで融液温度が下がった状態のことを指す。微小重力環境下では、熱対流による溶液の撹拌がなく、組成的過冷却による過渡的な溶質濃化が発生したことが、成長初期における高速成長を引き起こした要因であると推測された。

今回の結果から、宇宙で結晶を育成する際には、無撹拌によって生じる過度な溶質偏在に留意する必要があることが示された。この状態は、溶質内の核発生を促さなくとも結晶成長速度を増加させ、界面不安定化を引き起こす可能性があるという。しかし同時に、微小重力環境は溶質過剰な状態を制御された形で作り出し、結晶成長速度を増加させる手段として活用できる可能性を秘めていることも明らかにされた。今回の成果は、微小重力環境が可能とする結晶成長現象の高度な理解を通じ、次世代半導体材料の効率的な設計・製造の指針に重要な視点を与えるものとしている。

  • 地上実験と宇宙実験におけるSiGe結晶成長実験の模式図

    地上実験と宇宙実験におけるSiGe結晶成長実験の模式図(融液と結晶を含む)。ISS実験でのSiGe結晶中には、山型(ファセット)の不均一な結晶成長パターンが観察された。安定成長では界面は滑らかになる。(出所:JAXA Webサイト)