このクォークのパウリの排他原理は、核力の斥力における「芯」が存在することの一因にもなっている。今回、この斥力の強さが決定されたことから、今後、拡張された核力の短距離における性質がクォークに基づいて統一的に解明されることが期待されるという。

  • バリオン同士の間に働く力

    バリオン同士の間に働く力。下がΣ+陽子間の場合。上に参考として載せた核子同士の場合と比べると、すべての距離において斥力であることがわかる (c) 三輪浩司氏 (出所:東北大配付資料)

今回のΣ+と陽子の相互作用は、近距離において通常の核力とはまったく異なる特徴的なチャンネルとなったという。拡張された核力は、バリオンの組み合わせにより、相互作用の様子が、特に近距離において異なることが大きな特徴で、そのためΣとは異なるストレンジバリオンと核子の相互作用を同様に調べていくことが重要になるという。E40グループの次の目標として、Λ(Σ0)粒子と陽子の散乱実験をJ-PARCで計画しているという。

この2体のストレンジバリオンと核子の相互作用は、ストレンジバリオンを原子核に含んだハイパー核の研究基盤となるだけでなく、中性子星を理解する上でも非常に重要だという。中性子星の内部深くでは、とてつもない重力のために原子として存在できず、陽子が電子を吸収してすべて中性子となってしまい、パウリの排他原理ギリギリの高密度状態に閉じ込められていると考えられている(さらに重力の強くなる中心部付近の状況は、まだ正確なところはよくわかっていない)。これだけの強い重力だと、重力崩壊を起こしてブラックホールとなってしまいそうだが、そうはならない仕組みが備わっていると推測されているが、謎の多い状況となっている。

  • クォークのクラスターの様子

    Σ+と陽子が散乱した際の、クォークのクラスターの様子。この例では中央の2つのuクォークのスピンとカラーが同じとなるため、パウリの排他原理に反した状態となる。これが近距離での斥力を作ると考えられている (c) 三輪浩司氏 (出所:東北大配付資料)

このような非常に特殊な環境のため、中性子の中心部など最も重力が強い領域では、ΛやΣなどのストレンジバリオンが安定して存在する可能性も指摘されている。なおΛは最も軽いストレンジバリオンであることから、中性子が最初に変化するのがΛだろうと予想されている。

また、中性子が負電荷を持つΣ-に変化すると、同時に別の中性子が陽子に変化することが許されるため、中性子星のエネルギーを安定化する上で非常に重要とされる。これらの現象が発現するかどうかは、ストレンジバリオンと中性子との間に働く力がどれほど引力的か、または斥力的かということに本質的に依存するという。

今回測定されたΣ+と陽子の相互作用は、粒子の電荷を反転させたΣ-と中性子の相互作用に等しいと考えられている。E40グループのデータを再現するような理論模型に基づいて、Σ-が中性子星の内部でどのような力を感じるかが今後計算されていくことが考えられるとした。

  • 測定されたΣ+と陽子の散乱微分断面積

    測定されたΣ+と陽子の散乱微分断面積。3つのグラフはΣ+の運動量を3つの範囲に分けて、微分断面積を測定していることに対応。今回のデータ(黒丸)は、過去のデータ(青三角と赤四角)に比べ、非常に高い精度で測定できていることがわかる。いくつかの理論計算の中で、斥力が強い理論ほど大きな微分断面積を予言している。ただし今回の結果は、多くの理論計算よりも小さいことが明らかになった (c) 三輪浩司氏 (出所:東北大配付資料)

Λに関しても同様に、今後E40グループが微分断面積を測定することで、そのデータを再現する、現実に即した形の拡張された核力の理論が完成していくことが考えられるとする。最近では、Λと複数の中性子との間に働く付加的な力(多体力)が、重い中性子星が自身の重力で潰れることを防いでいる可能性が指摘されている。E40グループのデータをもとに作られていくであろう拡張された核力の理論は、こうしたストレンジバリオンを含んだ多体力をハイパー核から導き出すための基盤となることが期待されているとしている。

  • 散乱の位相差と粒子間距離の関係

    散乱の位相差と粒子間距離の関係を示す。今回測定されたΣ+と陽子の散乱位相差と共に、比較として核力(陽子と陽子の散乱)の位相差も示されている。0.6fmあたりの距離では核力はまだ引力的であるが、Σ+pではすでに大きな斥力になっていることが確認された。Σ+と陽子の散乱の理論計算として、ESCとfss2という2つの理論における位相差の計算値も示されている (c) 三輪浩司氏 (出所:東北大配付資料)