広島大学は9月28日、有機EL用の高分子を溶かした溶液に筆を浸し、絵を描くように塗り乾燥することで、最大で80%以上の高分子が同じ方向に並ぶ配向度の高い配向膜が得られたと発表した。同時に、塗る速度が速くても遅くても配向度は落ち、最適な速度が存在すること、そして最大の配向度を与えるメカニズムを、X-Y-Zの3次元空間的に解明したことも発表された。

同成果は、同大学大学院理学研究科の坂田俊樹氏(博士課程後期・大学院生)、同大学大学院理学研究科/同大学自然科学研究支援開発センターの加治屋大介助教(現・足利大学准教授)、同大学大学院理学研究科/同大学自然科学研究支援開発センター/同大学大学院先進理工系科学研究科の齋藤健一教授らの研究チームによるもの。詳細は、米化学会発行の学術誌「ACS Applied Materials and Interfaces」に掲載された。

“電気を流すプラスチック”こと「導電性高分子」は、2000年に白川英樹教授が、「導電性高分子の発見と開発」によりノーベル化学賞を授与された、日本と縁の深い物質である。それから20年が経ち、次世代ディスプレイ、折り曲げ型スマートフォンなどに利用されている有機ELで活用されるに至り、今後もさらに身体に貼るセンサーや端末などの“しなやかなスマートデバイス”の基幹材料として期待されている。

これらのデバイスの性能向上には、導電性高分子の「配向」が重要だ。配向とは、分子が向きを揃え同一方向に並ぶことをいうが、配向が重要なのは、それがデバイスの性能を大きく左右するからだ。配向次第で、センサーの応答速度、画面の明るさ、電力消費量など、さまざまな要素に差が生じ、それらをトータルすれば数百倍にも及ぶ大きな性能差になるという。

今回開発された手法は、緑色に発光する有機EL用の導電性高分子「F8BT」(正式名:ポリ[(9,9-ジ-n-オクチルフルオレニル-2,7-ジイル)-alt-(ベンゾ[2,1,3]チアジアゾール-4,8-ジイル)])を溶媒に溶かし、F8BTの溶液を作るところからスタート。その溶液に筆を浸し、ガラス板などの基板に絵を描くように塗って乾燥させることで、高分子が一軸配向(同一方向に配向)する配向膜を作製することに成功した。

さらに研究チームは、顕微鏡分光測定を用いて配向膜の地図を作り、配向度の可視化も実施。地図の各画素(750×750画素、画素サイズ1平方μm)はX-Y-Zの3次元データ(偏光発光スペクトル、偏光ラマンスペクトル、配向膜の厚さ)を含み、データ総数は500万個というビッグデータである。その膨大なデータをもとに、配向メカニズムを3次元空間的かつ統計的に詳細な調査を行ったという。地図による配向度の可視化技術、3次元空間での500万個という膨大なビッグデータを解析する手法は世界初の成果になると研究チームでは説明している。

今回の研究の主な成果は以下のとおり。

  1. 筆で塗った方向と平行に、緑色発光する高分子が配向(最大80%以上の分子が配向)
  2. 膜厚100nm以下で高い配向(膜厚400nmで配向度が1/4に低下)
  3. 筆圧(せん断応力)が配向度に重要
  4. 塗る速度が速くても遅くても配向度は下がり、最適な速度が存在する(非ニュートン性)
  5. 配向膜を使った有機ELを作製

このほか、高分子のねじれ構造と配向度の相関、最大で11という発光の大きな偏光比も観測されたという。またこれまでの先行研究で、筆を塗る手法(ブラッシュ-プリンティング法)による配向膜作製は発表されていたが、同手法を用いた、発光する高分子の配向膜の作製は、世界初とした。

研究チームは今後、筆圧、速度、溶媒、高分子、基板などの実験条件を変え、研究を展開していく予定だ。なお広島大は世界的に有名な熊野筆の産地に隣接していることから、現在、同筆を用いた配向膜作製にも着手しているという。

また今回開発された手法は、今後の有機EL製造における基幹技術、具体的には薄型でしなやかなスマートデバイス(ウェアラブルデバイス、スマートウォッチ、スマートフォンなど)の開発において、外光反射防止・高輝度表示の高度化が期待されるとする。さらに、それらの材料となる偏光発光フィルムの製造が、「ロール・ツー・ロール法」で実現することも期待されるとしている。

  • 有機EL

    ブラッシュ-プリンティング法による有機EL用高分子(F8BT)の配向膜作製の模式図 (出所:広島大プレスリリースPDF)

  • 有機EL

    配向メカニズムの模式図。膜厚が薄いと流体にかかる力が大きく、配向度が高くなる。また、配向により高分子のねじれ構造が軽減され、平面構造が増加。そのほか、「コーヒーリング効果」(粒子を含む液体が蒸発した後に現れる、リング状の蒸発残留物のこと)により高分子溶液中に流れが生じ、配向の促進と高分子主鎖のストレッチ効果が生まれたという (出所:広島大プレスリリースPDF)