前回は、敵味方の識別を誤ることで発生する「フレンドリーファイア」と、その防止に欠かせない戦闘識別のイロハを取り上げた。では、最新鋭戦闘機F-35はその課題にどう取り組もうとしているのか。今回はロッキード・マーティンが進めるAI活用の取り組みを題材に、戦闘識別の新たな可能性を考えてみたい。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照
F-35にAIを組み合わせた「Project Overwatch」
ロッキード・マーティンが2026年2月23日に、F-35を対象として開発した戦闘識別(Combat ID : Combat Identification)案件、“Project Overwatch”の飛行試験に関するプレスリリースを出した。
これは、「リアルタイムの脅威情報取得を通じた優位性維持を企図したもの」と説明されている。具体的な話としては、機械学習(ML : Machine Learning)と、F-35のミッション・コンピュータに組み込んだ人工知能(AI : Artificial Intelligence)を用いるとしている。
しかし、これだけではチンプンカンプン。AIに何らかを判断させるといっても、判断のための材料は食わせてやらなければならない。そこでロッキード・マーティンのリリースを見ていくと、「エンジニアは自動化ツールを使って新しいエミッターにラベル付けを行い」というくだりが出てくる。
エミッター emitter とは、何らかの電磁波シグネチャの発生源を指す。レーダーもIFF(Identification, Friend or Foe)も通信機も電波を出すから、これらはエミッターである。してみると、F-35の戦闘識別に関する試験では、相手の機体が搭載する何らかが発している、電磁波の情報を手がかりにしているのではないか… という推測ができるのではないか。
AIの材料となるF-35のセンサー群
そもそもF-35という機体、赤外線センサー、電子戦システムなど多種多様なセンサーを備えているだけでなく、それらから集めたデータを融合する、センサー融合を売りにしている機体である。
まず、機首に射撃管制レーダーを備えている。現行モデルはAN/APG-81だが、これから新型のAN/APG-85が出てくる。
次に、赤外線映像を得る手段として、AN/AAQ-37 EO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)がある。機首下面に設置したAN/AAQ-40 EOTS(Electro-Optical Targeting System)でも可視光線映像や赤外線映像を得られるから、場合によっては役に立つだろう。
さらに、AN/ASQ-239電子戦システムがある。妨害を仕掛けるだけでなく、ESM(Electronic Support Measures)の機能も備えているから、何らかの電波を発する誰かさんがいれば、その電波を傍受・解析できる。そして電子情報(ELINT : Electronic Intelligence)が手元にあれば、それを参照することで相手の正体を把握できるかもしれない。
AIによる戦闘識別は何を変えるのか
すると、こうした各種センサーからの探知データを解析したり、融合したり、既知のデータと照合したりすることで、IFFに頼らないで探知目標の正体を知ろうとしたのが、件の飛行試験の本丸だったのではないか、と推測した。
前回に書いたように、センサーの種類によって得られる情報は異なるから、それぞれを単体で使用していたのでは限界がある。しかし融合することで、単独では見えないものが見えてくる可能性はある。
また、シグナル分析の機能が進化して、「対象物の外形や向きによって、レーダー電波の反射波には違いが生じる」というところまで話を持って行ければ、これもNCTRの役に立つ。
可視光線映像や赤外線映像にしても、「この機種は、この条件下、この角度からだと、こう見える」といったデータを蓄積すれば、NCTRの役に立つかも知れない。単体では情報量が不足していたとしても、ESMなど、他の情報源を援用すれば話は違ってくるのではないか。
そして、さまざまな発信源に関する既知のデータ、あるいは実運用で得た最新のデータをただちに機械学習モデルに食わせて学ばせることで、即座に新しい識別能力を実現できるだろう。
それが、「新しいエミッターにラベル付けを行い、AIモデルに対して数分以内に新しいエミッタークラスを学習させて」というくだりが意味するところではないだろうか。
F-35のセンサー融合機能については、すでにさんざん喧伝されているし、筆者もそのお先棒を担いだ。ただ、センサー融合機能はあくまで、パイロットに材料を提示するところまで。それを見て判断するのは人間の仕事である。そこにAIを援用することで、より迅速かつ確実な識別を実現しようとして推進しているのが、”Project Overwatch” なのではないか。
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナ4ビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第6弾『軍用通信 (わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。

