Webの台頭期には検索が、SNSの時はフィードが、モバイルではApp Storeが、それぞれ主導権を巡る戦いの中心でした。エージェント型AIがソフトウェア開発やデータ分析、バックオフィス業務から一般消費者向けへと広がるなか、次の主戦場としてショッピングカートを巡る競争が激しくなっています。

GoogleがGoogle I/O 2026で発表した「Universal Cart」は、その象徴的な動きといえます。名前が示すように、Universal CartはGoogle検索、Geminiアプリ、YouTube、Gmailをまたいで動作する統一カートです。

Gmailのニュースレターで見つけたランニングシューズ、YouTube動画で気になった日焼け止め、Geminiとの会話で薦められたグラフィックボードなどを、すべて1つのカートに集められます。そして、Geminiの基盤モデルが常時、価格下落、再入荷、在庫変動などを監視しながら、能動的に機能します。

  • テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏 第64回

    基調講演のデモでは、PCパーツを複数の小売店から別々にカートに入れている際、すでにカート内にあるマザーボードと互換性のない規格のプロセッサを選ぶと、Geminiがその問題を指摘しました。その場で互換性のあるプロセッサのおすすめも得られます

Universal Cartはユーザーにとって、便利な共通カートにとどまりません。GoogleはこれをUCP(Universal Commerce Protocol)、Google Wallet、Google Pay、ビジネスエージェントなどと組み合わせ、エージェント型コマースの基盤にする構想を示しています。

UCPは商品の発見から購入、購入後サポートまで、AIエージェントと小売事業者・決済事業者をつなぐ共通言語を目指すものです。ビジネスエージェントは、ユーザーがブランドと直接会話できる「仮想販売員」のような機能です。

つまり、Googleが狙っているのは、単に「AIで商品検索を便利にする」ことではありません。検索、比較、会話、決済、ロイヤルティ、購入後サポートまでをAIエージェントが扱う、商取引の新しいレイヤーを作ろうとしているのです。

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    小売サイトへの送客も可能にし、小売との共栄を図ります

ここで重要なのは、Googleが「小売の代わりに商品を売る」とは言っていない点です。購入はGoogle Payで完了する場合もあれば、小売サイトに送客して完了する場合もあります。販売主体はあくまで小売やブランドであり、Googleがすべてを自社販売に置き換えるわけではありません。

むしろ「購買導線のOS」のような役割を果たそうとしていると見るべきでしょう。UCPには、Walmart、Target、Nike、Sephora、Wayfair、Shopify加盟店といった主要な小売・ブランドが参加・採用を表明しており、小売側にとってもGoogleの取り組みが魅力的な集客源に映っていることを示しています。

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    Universal Cartは、今夏に米国のGoogle検索とGeminiアプリから展開が開始されます

「検討の中心」へと昇格するカート

これまでのカートは、購入直前の最終段階でした。AI時代のカートは、一時的な商品置き場ではなく、ユーザーの意図、検討履歴、価格感度、互換性、好みを保持する場所になろうとしています。

たとえば、ユーザーが旅行用品を探しているとします。AIは、YouTubeで見たレビュー、Gmailに届いた航空券、Searchで調べた目的地、Geminiで相談した旅程を横断して「このバッグは機内持ち込み条件に合う」「このモバイルバッテリーは機内に持ち込めない」「この商品は価格が下がったら買うべき」と判断するようになるかもしれません。

この場合、カートは「買う直前に入れる箱」ではなく、AIが買う理由を積み上げる場所になります。これはマーケティングに大きな変化をもたらします。リンクの並びを競うオークションではなく、AI生成された「答え」の中に商品を入り込ませる競争です。

Google AdsおよびCommerce担当VPのVidhya Srinivasan氏はGoogle Marketing Liveで「これからはGoogleに何でも聞けるのだから、最良の広告は『答え』そのものでなくてはならない」と述べていました。

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    ブランドがAI検索のサーフェス上でどのように露出しているかを可視化する「AI performance insights」

プラットフォーマー vs 小売の「顧客接点」争奪戦

こうした動きはGoogleだけの話ではありません。

Amazonは2026年5月、Rufusの機能をAlexa+に統合する形で「Alexa for Shopping」を進めています。比較、推薦、価格追跡、カート管理をスマホ、PC、Echoデバイスをまたいで扱えるようにする方向です。

MetaもInstagramやFacebook上で、広告クリック後に商品情報やレビュー要約をAIが提示する機能を試しています。Meta AIのショッピングモードでは、Marketplaceや外部サイトの商品探索も扱う方向です。

一方で、小売店もプラットフォーマーに頼るだけではありません。小売は商品を販売する立場を維持できても、購買導線をプラットフォーマーに握られれば顧客接点を失いかねません。

ユーザーが何に関心を持ち、どの商品を比較し、どこで迷い、どのタイミングで購買に踏み切るのか。そうしたデータは小売にとって、商品開発、販促、広告、ロイヤルティプログラムの源泉になります。

そのため、Universal Cartのような仕組みは小売にとって魅力的であると同時に、警戒すべき相手でもあります。参加しなければ、Google上で始まるAIショッピングの需要を取り逃がすかもしれません。けれども頼りすぎれば、ユーザーが自社アプリやサイトに到達する前に、Google側で商品の比較や購入判断が完結してしまう可能性があります。

これは、過去にGoogle検索、Facebook広告、Amazonマーケットプレイス、Apple App Storeなどが小売やメディアにもたらした構図とよく似ています。集客源としては欠かせないものの、依存しすぎれば顧客との直接的な関係が痩せ細っていくという構図です。

小売側も、簡単には主導権を渡しません。ディスカウントスーパー大手のWalmartの「Sparky」はその対抗軸の1つです。

SparkyはWalmartアプリ内で使えるAIショッピングアシスタントで、商品検索、レビュー要約、食事プラン、買い物リスト作成までを支援します。Googleが複数の小売を横断する共通カートを狙うのに対し、Walmartは自社アプリ内にAI販売員を置く戦略を選んでいます。

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    Walmartのショッピングアシスタント「Sparky」。イベントの予定や天気に基づいたコーディネートの提案、1週間分の献立提案から必要な食材の自動カート追加、DIYの修理手順の案内、配送手配など、生活に寄り添ったパーソナルな提案を行います

2026年5月、WalmartはSparkyの週間アクティブユーザー数が前四半期比で100%以上増加したと報告しました。Sparkyを利用する顧客からの注文は平均で35%増加しています。Walmartの強みは、AIモデルそのものではなく、日常的な購買データと物流網にあります。

食品、日用品、消耗品、子ども用品、季節商品など、Walmartでの買い物は「一度きりの比較購入」というより「繰り返しの補充」や「生活の管理」に近い性格を持ちます。ユーザーが何をよく買うのか、どの店舗を使うのか、配送と店頭受け取りのどちらを好むのかを、Walmartは把握しています。Sparkyの伸びは、こうした日常の文脈を理解し、購買体験につなげるうえで、AIが有効に働く可能性を示しています。

わずか半年で見切り、ChatGPTの「買い物の自動化」

今年3月、OpenAIは初期テストしていたChatGPT内での即時決済機能「Instant Checkout」をわずか半年で廃止しました。現在は、製品の発見やビジュアルを絡めたショッピング機能に焦点を移しています。

この早期廃止からわかる通り、消費者は依然として「AIに購入を任せること」には慎重です。当面は、AIが選択肢を絞り込み、人間が最後に承認するという形が続くと見られます。

だからこそ、AIショッピングにおいてカートを巡る競争が起きているのです。

Googleは「検索からエージェント型コマースへ」、Amazonは「ECサイトからパーソナルショッパーへ」、Walmartは「小売アプリからAI販売員へ」、Metaは「広告フィードからAIショッピングへ」と、入り口やアプローチは異なりますが、目指す領域は同じです。

各社は商品検索から比較、価格追跡、カート管理までをAIに担わせる仕組みを広げようとしています。それは、消費者が「何を買うか」を決める手前の意思決定プロセスを握ることにほかなりません。

Web、SNS、モバイルの時代がそうであったように、新たなプラットフォームの覇権争いは、利便性と引き換えに顧客接点の集中(または独占)をもたらします。その場所(カート)を誰が握るのかが、AI時代の購買行動とマーケティングの行方を左右する攻防の本丸になりつつあります。