慶應義塾大学(慶大)は6月2日、ユーザーに高度な専門知識がなくても、普通の言葉による対話を通して、リアルタイムで制御システムをアップデートする技術「ChatMPC」を開発したことを発表した。

同成果は、慶大 理工学部物理情報工学科の宮岡佑弥助教、同・井上正樹准教授、スペイン・セビリア大学のJose M. Maestre教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、IEEEが刊行する、制御システムの設計や運用などを扱う論文誌「IEEE Transactions on Control Systems Technology」に掲載された。

“普通の言葉”でリアルタイムに最適化し続けるAIとは

AIは日進月歩で進展しており、部分的には人間の能力を凌駕しているものの、いまだ及ばない領域も多い。たとえば、実際の運用現場における“環境”やユーザーの“好み”に完全に合致する制御システムを作り出すといったことは困難だ。その要因として、環境や好みに合わせた調整には高度な専門知識が不可欠であることや、詳細な環境情報の収集、さらには膨大なユーザーフィードバックの集計に伴う負担が大きいことなどが挙げられる。

そのため、理想は人間同士が普通に会話する感覚でユーザーと対話し、運用現場の環境やユーザーの好みに合わせて自分自身を最適化できるような、極めて高度な理解力や推論能力などを備えた制御システムの実現が望まれていた。しかし、その社会実装に向けては解決すべき課題がまだ多く存在する。そこで研究チームは今回、対話型のモデル予測制御(MPC)フレームワークを開発したという。

モデル予測制御とは、制御対象のモデルを用いて未来の挙動を予測しながら、制約条件を満たす最適な操作を逐次計算する制御法手法を指す。「ChatMPC」と命名された今回の対話型のMPCフレームワークは、専門知識のないユーザーでも、「もっと急いで」や「赤ちゃんからは離れて走って」など、普段人間との会話で使用しているような普通の言葉をインタフェースとして利用できる点が特徴だ。要は、人間のオペレータに依頼する感覚で、制御システムを環境や好みに合わせて調整・実行できる機能が実現されたことになる。

またChatMPCは、制御動作中にリアルタイムで人間の指示や意図を取り入れることが可能なことも大きな特徴である。そのため、「言葉のニュアンス」をコンピュータで計算可能な形式に変換できる「Sentence BERT」などのAI基盤モデルが用いられている。これにより、文章の内容を人間の意図する意味に基づいたベクトルに変換し、それを制御システムのパラメータの更新につなぐ独自のアルゴリズムとなっている。

  • 言葉(自然言語)による制御システムのリアルタイムにアップデートのイメージ

    言葉(自然言語)によって制御システムをリアルタイムにアップデートするイメージ。(出所:慶大プレスリリースPDF)

その結果、完全なAI任せの指示処理と異なり、人間の指示が曖昧な場合やAIの判断が揺らぐ場合でも、安全性を担保したまま個人の好みに合わせた制御システムのアップデートを行えるようになり、人間と機械が協働する柔軟なシステム運用も可能になったとする。例えば、センサ故障などの非常時に人間が言葉でセンサ情報を補ったり、システムの初期メニューにはない未知のタスクを人間が環境を見ながらその場で指示して実行させたりするといったことも可能になったとした。

今回の研究では、技術の基礎となるアルゴリズムの提案に加え、制御において極めて重要な「安全性の理論的保証」が確立された。また、デモンストレーションとして、自動運転車における走行シミュレーションが実施され、遠隔オペレータが適宜外部の環境情報を言葉によって補完することにも成功。今回の技術の有効性が実証された。

今回の成果は、自動車やロボティクスなどの物理システムから、エネルギー管理や交通流管理などの社会インフラシステムまで、幅広い分野への応用が期待され、フィジカルAIやソーシャルAIのさらなる発展に貢献する可能性があるという。高度なAI技術を物理・社会へ展開するためには、「安全性」と「信頼性」の確保が鍵となる。研究チームはChatMPCを用いて、「人間の意図を安全かつ正確に物理世界へ反映する技術」をさらに発展させることで、人間とAIが安全に共存できる社会の実現を目指すとしている。