TSMCは米国政府の要請で米国アリゾナ州に300mmウェハ対応の半導体工場を建設する意向を5月15日に発表したが、台湾の半導体市場動向調査会社Trend Forceが、そのインパクトについての分析結果を発表した。

TSMCは現在、6インチ(150mm)、8インチ(200mm)、12インチ(300mm)のウェハファブを含む合計12のファブを台湾を中心に運営している。12インチウェハによる合計生産能力は、月産約80万枚である。

同社は米ワシントン州のカマス(Camas)に半導体製造子会社WaferTechを有しており、TSMC Fab11とも呼ばれていることから、今回発表されたアリゾナ州の新ファブはTSMCにとって米国での初ファブというわけではない。ただし、Fab 11は8インチの月産4万枚程度のレガシーファブで、全社の生産能力の中でも1~2%程度しか占めておらず、当然、最新デバイスの製造はできない。

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    米ワシントン州にあるTSMCの半導体製造子会社WaferTech (TSMC Fab11) (出所:WaferTech Webサイト)

TSMCは、2021年から2029年にかけて総額120億ドルをアリゾナ州の新ファブに投資するとしているが、1年当たりに換算すると13億ドルである。TSMCは、このところ毎年総額150億ドル規模の設備投資を行ってきているから13億ドルというのはその10%にも満たない額である。生産能力が300mmウェハで2万枚という規模も、現在のTSMC全体の300mm生産能力80万枚(今後さらに増加見込み)に比べればほんの数%にすぎない。

米国の安全保障上の軍事チップだけで生産ラインは埋まるのか?

TSMCの米国での工場建設計画は、1年以上前から噂されてきた。米中貿易戦争の初期段階から、米国政府は国家安全保障上の懸念により、軍事用先端半導体デバイスの米国内生産の可能性を検討していた。Intelは米国で複数の製造拠点を持っているので第一候補になるはずであったが、Intelは10nm以降のプロセス微細化でトラブルが続いている一方、TSMCはコマーシャルプロセスとは言え、微細化を順調に進めており、こうした技術的背景から米国政府は潜在的な半導体パートナーとしてTSMCに優先権を与えることにしたとTrendForceは見ている。

ただし、米国政府の国防総省関連の国家機密として米国内で製造が望まれる半導体チップの製造受託契約だけでは少量すぎて、12インチのファブの稼働率を保つことはできそうにはない。そのため、完璧な300mmサプライチェーン構築とともに利益を生むための新たなビジネスモデルの構築がもっとも重要な懸案事項になるだろうとTrendForceは指摘している。

TrendForceでは、米国の半導体企業から受注し台湾で生産している粗利の高い先端製品の一部をアリゾナの新ファブでの製造にシフトするのではないかと見方を示している。また、すでに米国に8インチファブを有しているにも関わらず、米国政府が12インチファブの建設を要請したということは、8インチファブとは異なるサプライチェーンを必要とするということでもある。そのため、このTSMCの新ファブ建設プロジェクトには、半導体関連の原材料や他の部材の台湾サプライヤも生産拠点の一部を米国に移す必要があるだろうとも指摘している。

米商務省の規制強化でTSMCのHuaweiからの生産受託が120日後に困難に

米国商務省は、米国企業がHuaweiと取引することを事実上禁止してきたが、5月15日(米国東海岸時間)、さらに規制を強化して、海外(米国以外)の半導体企業が、米国製半導体製造装置を用いて製造したHuawei、そしてHiSiliconをはじめとする関連会社の設計仕様に基づく半導体デバイスをHuaweiに出荷することも事実上禁止する通達を発表した

正確には、Huaweiへ出荷する場合には事前に商務省Bureau of Industry and Security(BIS:産業安全保障局)の許可を得る必要があるということであるが、同局は原則としてとして許可申請は却下するとしている。

この通達は即日有効となったが、同日現在、米国外のファウンドリに仕掛っているウェハについては、ファウンドリの経済的損失を減らすための救済策として5月15日より120日間に限り許可なくHuaweiへ出荷できるとしている。

現在、TSMCはHuaweiの5G対応次世代フラッグシップスマートフォンに搭載される予定のハイエンドプロセッサと噂されるKirin 1020(Huaweiの子会社のHiSiliconが設計)を5nm EUVプロセスで製造を開始したところであり、かろうじて初期の製造ロットに関しては出荷規制外となる模様である。HuaweiはTSMCにとってAppleに次いで2番目の大口顧客であるので、中国政府が対抗策を打ち出し、駆け引きを行った結果として商務省が方針変更をしない限り、今後、TSMC、Huawei両社の経営に著しい支障をきたす可能性がある。