日本航空の全パイロットが、コミュニケーションスキルの向上のために受けているという「言語技術」教育。そのカリキュラムは、「対話」「説明」「分析」という3つのプログラムに分かれている。それぞれのプログラムの目的や役立て方について、「言語技術」の指導にあたる2人のパイロット、塚本裕司さんと金子幸市さんにお話を聞いた。

左から塚本裕司さん、金子幸市さん

ゲームで対話力を磨く

――「対話」はどんなプログラムですか?

塚本さん:主に「問答ゲーム」というトレーニングをしています。2人1組になり、1人が「質問者」となって、設定したテーマについてどんどん質問を投げかけます。もう1人は「回答者」として質問に答えます。例えば、こんな感じで質問と回答を重ねていきます。

テーマ:シミュレーターを使った訓練

質問1:シミュレーターを使った訓練は好きですか?
回答1:好きです。
質問2:どんなところが好きですか?
回答2:通常の運航ではなかなか起こらない状況を体験できるからです。
質問3:通常の運航ではなかなか起こらない状況とは、どんなことですか?

このゲームには4つのルールがあります。1つ目は「結論を先に言う」。2つ目は「あいまいを排除して、具体的に」。例えば、回答2で「何となく」ではダメで、好きな理由をはっきり言わなければいけないんです。質問3では、具体的な状況を確認することで、2人で共通の認識を作り上げていく。こうやってストロークを重ねて、質問者・回答者の両方が対話のスキルを上げていきます。

――「なるほど~」「わかる、わかる」はいけないんですね

金子さん:僕らはフライト中、瞬時に考えて、判断しています。そのスピード感に慣れる、相手が「そうだね」と言っただけでも「自分と同じ意見だ!」と思い込んでしまう。それが不安全につながるリスクとなるんです。「問答ゲーム」は、そういう微妙なほころびをなくすためのトレーニング。回答者はあいまいな表現を避ける。質問者は、あいまいな点を見つけて確認する。こういった細かい部分に特化したトレーニングにじっくり取り組めるのも、地上の研修ならではのメリットです。

「反論しない」はJALオリジナル

――ほかにはどんなルールが?

塚本さん:3つ目は「回答者の知識を問わない」。質問する側が「そんなことも知らないの!?」という態度では雰囲気が悪くなるだけですから。そして4つ目が、「反論しない」。これが一番難しいですね。

――反論するほうが、むしろ勇気が必要そうですが…

金子さん:例えば、「あなたは冬が好きですか?」というテーマで対話をしたとします。「好き」という回答に対して、質問者が、「あんなに寒いのに、なぜ好きなの?」という聞き方をしたら、「……いや、やっぱり嫌いです」となりますよね。こんなふうに、反論したつもりはなくても、無意識のうちに、反論まじりの発言をしていることがよくあるんです。

塚本さん:僕たちは訓練の中で、1人で小さい飛行機を操縦することがあります。そういう経験を通して、「明確な意見をもつ」ことを身につけていくうちに、どんなシチュエーションでもはっきりと「自分はこう思う」と主張できるようになります。それが得意なぶん、相手の意見を素直に聞くのは、少し苦手なのかもしれません。

――まず主張するのが、パイロットの性(さが)なのですね

金子さん:それもあって、僕たちが「反論しない」というルールを自分たちで定めたんです。昔から、「考えを深めるには、意見をぶつけ合うのが大切だ」と言われますね。しかし、ぶつけ合いは、相手の意見を聞くことから始まるんです。問答ゲームは、他者の意見を受け入れるためのいいトレーニングになっています。

自分のクセが見えてきた?

――対話のトレーニングで、みなさんはどう変わりましたか?

金子さん:僕は、この風貌のせいか、以前からあまり反論されたことがないんです(笑)。その理由を自分なりに分析すると、論破してしまっているのか、あるいは僕が言っていることが伝わっていないのか…。「言語技術」を学んで、そういう弱点が見つかったおかげで、反論はされないまでも、「何か意見は?」「質問は?」と尋ねる習慣がつきました。運航中はけっこうがんばって会話しているな、と自負しています。

塚本さん:普段の会話に気を遣うようになりました。とくに厳しいのが、「言語技術」の講師8人でのミーティング。何か発言すると、「結論を先に言ってください」とか、うっかりすると「それは反論だね」と突っ込まれるんです(笑)。

※次回は「伝わる説明の仕方」について。7月31日(金)更新予定です。